父
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私は、 燈のない夜に坐つてゐた。
小さい星が、 上から下へ、 私の窓のなかを落ちていつた。
誰か歩いて來る。
私は、 その步み得る足つきから、 その全身を想像する。
私は、 見えない、 見ることの出來ない、 匿された影のなかから、 その生命を想像する。
闇のなかに闇の搖籃があつて、 燈のない夜に私は坐つてゐた。
誰か歩いて來る。
私は、 それがあなたであることを想像する。
あなたの小さい足音、 あなたの小さい瞳、 あなたは笑つてゐるのかも知れない。
あなたは、 また、 非常に小さく、 非常に瘠せ、 非常に靑白いのかも知れない。
あなたは、 重なりあつた澤山の映像を合はせて、 しかもあなたとして、 そこに步いて來る。
あなたは、 小さい、 溫い、 透明な、 心臓のある水晶體となつて近づいて來る。
誰か囁いてゐる。
そこで囁いてゐるのは誰ですか?
音のない私の耳のなかで、 音を生んでゐるのは誰ですか?
-君は孤兒なんだね、 僕が假のお父さんになつてあげよう。
-いやだい! 假のお父さんなんてやだ! 本當のお父さんはもつと美しいんだわ!
-そのうちに本當のお父さんが見つかるからね。
-いや、 いや、本當のお父さんだつていや! あたしの探してゐるのは、 美しい、 美し
い、 誰も知らない花だわ!
-そしてその花は何處にあるんだね?
-その花はね、 あたしの近づいてゆくところに、 だれもまだ知らないところにあるの。
私は、 私の耳に返事していいのですか?
私は、 聞えない世界から、 聞える世界に向つて叫んでいいのですか?
-美しい花を下さい! 美しい花を下さい!
-もつと待つてゐるんだよ! 安心して待つてゐるんだよ!
あの、 小さい、 微かな、 私の思ひでのなかでの、 想像の唇に、 答へてゐるのは誰ですか?
私の影のそとの影に、 近づいて來る、 私の聲に似たところの、 私の聲の持主は誰ですか?
あなたの喜びが、 私の喜びに似たところの、 あなたの喜びを想像することの出來る私は、 誰
ですか?
あなたは、 何にも知らないで、 眠つてゐた。
私は、 あなたの知らない、 あなたの恐怖の側に立つてゐた。
-父さん! 父さん! あたしを捨てちやいやだよ!
-いゝから默つて跟いておいで。
-父さん! 父さん! あたしを捨てちやいやだよ!
-いゝから、 默つて跟いておいで。
-父さん! 父さん! あたしは何にも惡いことしたんぢやないよ!
-いゝから、 默つて跟いておいで。
-父さん! 父さん! 父さんは何にも惡いことしたんぢやないよ!
-いゝから、 默つてついておいで。
-父さん! あたしを捨てちやいやだよ!
-いゝから、 默つて跟いておいで。
-父さん! 怖いよ!
私は、 闇のなかの闇の搖籃に、 いつでも歸つて來る私とあなたとを見る。
その一杯に詰まつたところの立體形のそとで、 何があつたのですか?
あの絕えず、 近づいて來る、 どんな靜かなものよりも靜かな、 どんな生れないものよりも生
れない、 なんにも「ない」 ところを、 「ある」 やうにしてゐるのはなんですか?
私は、 私のそとにあるところの小さい私とあなたとを、 父と子とを、 見守つてゐる。
私は、 燈のない燈のなかに坐り、 小さい星と共に、 私の窓のなかに落ちてゆく。
あなたが近づいてゆくのは、 遠い未來である。
あなたの美しい花は、 あなたの戀人である。
あなたの知らないあなたの過去から、 あなたの知らないあなたの父さんが、 あなたに近づい
てゆく。
想像することの出來ない私が、 想像することの出來ないあなたに近づいてゆく。
-父さん、 本當の父さん! 美しい花がみつかつたよ。
-あゝ、 新しい人間が生れるのだ。
私は、 私の窓を叩いてゐる、 叩くものの最後の音信を聞いてゐた。 そして私は、 そこに坐つ
てゐた。
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