父と子供

萩原朔太郎

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 あはれな子供が、夢の中ですすり泣いて居た。 「皆が私を苛めるの。白痴だつて言ふの。」  子供は實際に痴呆であり、その上にも母が無かつた。 「泣くな。お前は少しも白痴ぢやない。ただ運の惡い、不幸な氣の毒の子供なのだ。」 「不幸つて何? お父さん。」 「過失のことを言ふのだ。」 「過失つて何?」 「人間が、考へなしにしたすべてのこと。例へばそら、生れたこと、生きてること、食つてること、結婚したこと、生殖したこと。何もかも、皆過失なのだ。」 「考へてしたら好かつたの?」 「考へてしたつて、やつぱり同じ過失なのさ。」 「ぢやあどうするの?」 「おれには解らん。エス樣に聞いてごらん。」  子供は日曜學校へ行き、讚美歌をおぼえてよく歌つてゐた。 「あら? 車が通るの。お父さん!」  地平線の遠い向うへ、浪のやうな山脈が續いて居た。馬子に曳かれた一つの車が、遠く悲しく、峠を越えて行くのであつた。子供はそれを追ひ馳けて行つた。そして荷車の後にすがつて、遠く地平線の盡きる向うへ、山脈を越えて行くのであつた。 「待て! 何處へ行く。何處へ行く。おおい。」  私は聲の限りに呼び叫んだ。だが子供は、私の方を見向きもせずに、見知らぬ馬子と話をしながら、遠く、遠く、漂泊の旅に行く巡禮みたいに、峠を越えて行つてしまつた。 「齒が痛い。痛いよう!」  私が夢から目醒めた時に、側の小さなベツトの中で、子供がうつつのやうに泣き續けて居た。 「齒が痛い。痛いよう! 痛いよう! 罪人と人に呼ばれ、十字架にかかり給へる、救ひ主イエス・キリスト……齒が痛い。痛いよう!」

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