臥床の中で

萩原朔太郎

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 臥床の中で、私はひとり目を醒ました。夜明けに遠く、窓の鎧扉の隙間から、あるかなきかの侘しい光が、幽明のやうに影を映して居た。それは夜天の空に輝やいてる、無數の星屑が照らすところの、宇宙の常夜燈の明りであつた。  私は枕許の洋燈を消した。再度また眠らうと思つたのだ。だが醒めた時の瞬間から、意識のぜんまいが動き出した。ああ今日も終日、時計のやうに休息なく、私は考へねばならないのだ。そして實に意味のない、愚にもつかないことばかりを、毎日考へねばならないのだ。私はただ眠つて居たい。牡蠣のやうに眠りたいのだ。  黎明の仄かな光が、かすかに部屋を明るくして來た。小鳥の唄が、どこかで早く聞え出した。朝だ。私はもう起きねばならぬ。そして今日もまた昨日のやうに、意味のない生活の惱みを、とり止めもない記録にとつて、書きつけておかねばならないのだ。さうして! ああそれが私の「仕事」であらうか。私の果敢ない「人生」だらうか。催眠藥とアルコールが、すべての惱みから解放して、私に一切を忘却させる。夜となつたら、私はまた酒場へ行かう。だが醉ふことの快樂ではなく、一切を忘れることの恩惠を、私は神に祈つて居るのだ。神よ。すべての忘却をめぐみ給へ。  朝が來た。汽笛が聞える。日が登り、夜が來る。そしてまた永遠に空洞の生活が……。ああ止めよ。止めよ。むしろ斷乎たる決意を取れ! 臥床の中で、私はまた呪文のやうに、いつもの習慣となつてる言葉を繰返した。  止めよ。止めよ。斷乎たる決意をとれ!  そもそもしかし、何が「斷乎たる決意」なのか。私はその言葉の意味することを、自分ではつきりと知りすぎて居る。知つてしかも恐れはばかり、日日にただ呪文の如く、朝の臥床の中で繰返してゐる。汝、卑怯者! 愚痴漢! 何故に屑ぎよくその人生を清算し、汝を處決してしまはないのか。汝は何事をも爲し得ないのだ。そしてただ、汝の信じ得ない神の恩寵が、すべての人間に平等である如く、汝にもその普遍的な最後の恩寵――永遠の忘却――を、いつか與へ給ふ日を、待つて居るのだ。否否。汝はそれさへも恐れ戰のき、葦のやうに震へてゐるのだ。ああ汝、毛蟲にも似たる卑劣漢。  だがしかし、その時朝の侘しい光が、私の臥床の中にさし込み、やさしい搖籠のやうにゆすつてくれた。古い聖書の忘れた言葉が、私の心の或る片隅で、靜かに侘しい日陰をつくり、夢の記憶のやうに浮んで來た。  神はその一人子を愛するほどに、汝等をも愛し給ふ。  朝が來た。雀等は窓に鳴いてる。起きよ。起きよ。起きてまた昨日の如く、汝の今日の生活をせよ――。

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