朝昼晩

原民喜

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 心身の疲労がほどよく拭はれてゐて、爽やかな朝といふものがある。これが少しく曲者である。今日ならば何でも出来るぞ、と空白のなかに途轍もない夢が浮上つてくる。だが、顔を洗つて一服するまで、ほんの些細なことから、それは傷けられてしまふ。一たん傷を受けたとなると、夢想はすこぶる怯懦になり、結局は空白のなかに萎縮してしまふ。あんまり爽やかすぎたから却つて一日がむなしく終るのであらうか。    ○  どろんとして身も心も重苦しい午後、湿つぽい風をうけて人人は電車を待つてゐる。今日など人を訪ねたところで碌なことはありはしない、一そのこと部屋に帰つて寝転んでゐようかとも思ふのだが、どうも破れかぶれのものが人を訪ねてゆく宿命になるらしい。それにこの模糊とした空気のなかでは、相手の精神もどろんとしてゐるだらうし、いらだたしい気分ながら摩擦は却つておこらないのかもしれない。    ○  タバコを吸ひながら読んだ本の一頁が、夜ふけにぐつと脳に喰ひさがつてきた。それには何も素ばらしいことは述べてなかつたのに、ただ頭にはつきり映じたといふことだけで、奇妙に軽い興奮がうづまき、その観念のまはりを寝そびれた思考がいつまでもうろついてゐる。ここからは恐らく何ものも生れて来ない筈なのに、やつぱし明確なもののまはりを混沌がとりかこんでゐて、それが明日への疲れを既にもう準備してゐるやうなのだつた。

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