天鵝絨のにほひ

北原白秋

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やはらかに腐れつつゆく暗の室。 その片隅の薄あかり、背にうけて 天鵝絨の赤きふくらみうちかつぎ、 にほふともなく在るとなく、蹲み居れば。 暮れてゆく夏の思と、日向葵の 凋れの甘き香もぞする。……ああ見まもれど おもむろに悩みまじろふ色の陰影 それともわかね……熱病の闇のをののき…… Hachisch か、酢か、茴香酒か、くるほしく 溺れしあとの日の疲労……縺れちらぼふ Wagner の恋慕の楽の音のゆらぎ 耳かたぶけてうち透かし、在りは在れども。 それらみな素足のもとのくらがりに 爛壊の光放つとき、そのかなしみの 腐れたる曲の緑を如何にせむ。 君を思ふとのたまひしゆめの言葉も。 わかき日の赤きなやみに織りいでし にほひ、いろ、ゆめ、おぼろかに嗅ぐとなけれど、 ものやはに暮れもかぬれば、わがこころ 天鵝絨深くひきかつぎ、今日も涙す。 四十一年十二月

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