序楽

北原白秋

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ひと日、わが想の室の日もゆふべ、 光、もののね、色、にほひ――声なき沈黙 徐にとりあつめたる室の内、いとおもむろに、 薄暮のタンホイゼルの譜のしるし ながめて人はゆめのごとほのかにならぶ。 壁はみな鈍き愁ゆなりいでし 象の香の色まろらかに想鎖しぬれ、 その隅に瞳の色の窓ひとつ、玻璃の遠見に 冷えはてしこの世のほかの夢の空 かはたれどきの薄明ほのかにうつる。 あはれ、見よ、そのかみの苦悩むなしく 壁はいたみ、円柱熔けくづれて 朽ちはてし熔岩に埋るるポンペイを、わが幻を。 ひとびとはいましゆるかに絃の弓、 はた、もろもろの調楽の器をぞ執る。 暗みゆく室内よ、暗みゆきつつ 想の沈黙重たげに音なく沈み、 そことなき月かげのほの淡くさし入るなべに、 はじめまづヸオロンのひとすすりなき、 鈍色長き衣みな瞳をつぶる。 燃えそむるヴヱスヸアス、空のあなたに 色新しき紅の火ぞ噴きのぼる。 廃れたる夢の古墟、さとあかる我室の内、 ひとときに渦巻きかへす序のしらべ 管絃楽部のうめきより夜には入りぬる。 四十一年二月

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