「落葉哀蝉曲」を読む人
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五月四日
蠅をたべた夢をみる。
満身創痍、凍夜の野に、山のやうな蠅に埋れながら。――だが、濠洲の神話にでる Mangarkunyerkunya といふ神さまは、生のまんま、蠅といふ悪魔の子を召しあがるとのこと。(よしこの故事が、へんな夢を、訳ありげに粉飾させてもよんどころないことだ。……)
五月五日
澄んだ机のうへに、古備前の壺が一個。
これは父の遺品である。そこに「落葉哀蝉曲」をよむひとがゐる。
…虚房冷而寂寞。落葉依于重扃。
支那の落葉。歳老いた武帝。淡い夢のほとぼりが、そこから、薫ずるやうにたち昇る。
九月八日
わたしは、この雑駁な、とりとめのない日記をつけることに、堪へがたいまでに心を訶まれてゐるやうだ。むしろ、この内部的感情の鬩ぎが、筆を抛つことを拒んでゐるのだともいえる。
不潔な精神界の泥沼。
十一月三日
児が泣きだす。強靱な生誕第一声。
コクトオ流にいへば、空間をかきむしり、眼にみえぬなにかを毮りとりながら。
十二月一日
眺めてゐる。たとへば、ピアノのうへで、隻脚を振つてゐるメトロノオム。その律気な退屈さが、たまらなく、わたしの平和を揺さぶるのだ。(死んだもおなじい、温室咲きのやうな平和を。)
このとき、素迅くつぎの一句が、わたしの双のたなぞこにのこる。ストイックふうのひびきをたてながら。わたしは、まさしく不意を衝かれた。
⦅力を尽して窄き門より入れ…⦆
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