おまけ 滑稽無声映画「形のない国」の梗概
散文 詩ではない文章です。『障子のある家』巻末の「おまけ」として置かれた無声映画の梗概。詩作品ではない。
形のない国がありました。飛行機のやうなものに乗つて国の端を見つけに行つても、途中から帰つて来た人達が帰つてくるだけで、何処までも行つた人達は永久に帰つては来ないのでした。勿論この国にも大勢の博士がゐましたから、どの方向を見ても見えないところまで広いのだからこの国は円形だと主張する一派や、その反対派がありました。反対派の博士達は三角形であると言ふのでしたが、なんだか無理のありさうな三角説よりも円形説の方がいくぶん常識的でもあり「どつちを見ても見えないところまで云云……」などといふ証明法などがあるので、どつちかといふと円形だといふ方が一般からは重くみられてゐました。円にしても三角にしても面積をあらはさうとしてはゐるのですが、確かな測量をしたのではないのですからあてにはなりませんでした。或る時、この二つの派のどちらにもふくまれてゐない博士の一人が、突然気球に乗つて出来るだけ高く登つて下の方を写真に写して降りて来てずいぶん大きなセンセイシヨンを起しましたが、間もなく、その写真に写つた馬のやうな形は国ではなく、雲が写つたのではないかといふ疑問が起りました。そこでひきつゞいて円形派の博士達に依つて同じ方法で試めされましたが、今度は尾の方が体よりも大きい狐の襟巻のやうなものが写つてゐました。三角派だつてじつとはしてはゐませんでした。やはり同じ方法で写真を写して降りて来たのですが、写つている棒のやうなものが写真の乾板の両端からはみ出してゐたので、どうにもなりませんでした。
又、これも失敗に終つたのでしたが、大砲の弾丸に目もりをした長い長いこれ位ひ長ければ国の端にとゞいても余るだろうと誰もが思つたほど長いテイプを結びつけて打つた博士がありました。が、まだいくらでもテイプが残つていたのに大砲の弾丸は八里ばかり先の原つぱに落ちてゐたのでした。これはあまり馬鹿げているといふので、新聞の漫画になつて出たりしたので、真面目なその博士は「これからです」と訪問した新聞記者に一言して、青い顔をして第一回の距離をノートに書きとめて更にそのところから第二回の弾丸を打ちました。この博士は同じことをくりかへして進んで行つてしまつたのです。始めのうちは通信などもあつたのですが、次第にはその消息さへ絶えてしまつて、博士が第一回の発砲をしてから五年も経過した頃は、街の人達は未だにその博士が発砲をつゞけながら前進してゐることを忘れてしまひました。気の毒なのはこの博士ばかりではないのですが、出発が出発なだけに困つた気持になつてしまひます。
又、かうした現実派の他に無限大などと言ふ神秘主義の博士達のゐたことも事実でした。この博士達は時間などは度外視してゐたのでせう。雑誌や新聞の紙面に線なんかを引いたりして、測り知れないほどの面積であつても決して無限ではないとかあるとか、実に盛んな論争を幾百年つゞけてきたことであらう。又、一ヶ年の小麦の総収穫から割り出して国の広さを測り出さうとしたアマチアもありましたが、計算の途中で麦畑でない地面もあるのに気がついて中止しました。勿論汽車などもすでにあつたのですが、創設以来しきりなしに先へ先へと敷設してゐても、その先がどの位ひあるのかは博士達のそれと同じやうに全くはてしないばかりでなく、最初に出て行つたその汽車は今では何処へ行つても見られないやうな旧式な機関車なので、未だにそれが先へ先へと進んでゐることを思ふと、どう判断していゝのかわからなくなるのです。それに、レールの幅が昔の三倍にもなつてしまつてゐるのですから、もし最初の人達がひきかえへして来ることになつて又幾百年かかるのはいゝとしても、何処かでレールの幅が合はなくなつてゐるにきまつてゐることが心配です。
そこには海もありしたがつて港もあるのですが、海は陸よりもゝつとたよりない成績しかあがりませんでした。どうしてこんな国が出来てしまつたかは大昔にさかのぼらなければなりません。大昔といつてもただの大昔ではなく一番の大昔なのです。千年以上も前なのか二万年も以前のことなのかわからないのです。その大昔に、何処か或る所に一人の王様がゐて、だんだんに年寄になつて、三人か四人の王子達もすつかり大人になつてゐたのです。そこで、一日王様は王子達を集めてそのうちから誰かを一人の世嗣に定めることになりました。背の高さをはかつてみたり、足の大きさを較らべてみたりしてみましたが、それでは誰にきめてよいのか王様にはわかりませんでした。で、一人々々に「お前はどんな王国が欲しいか」と問ひますと、百までしか数を知つてゐなかつた王子は「百里の百倍ある国が欲しい」その次の王子は「百里の百倍ある国の千倍欲しい」などと答へたのですが、豆ほどの小いさな円を床に画いて「この外側全部欲しい」と答えた王子とはとても匹敵しませんでした。王様もその答へにはすつかり感心してしまつて、すぐ世嗣はその王子と決定したのです。その頃は貯金などといふものが流行して、円そのものに一日いくら月幾分などと銭が少しづつ子を生むやうに利子がついたものです。で、その利子の殖えるのをうれしがつて銭を舌めてみたり利子が異数に加算される方法を発明したり、大勢の人達の貯金を上手に利用したりする社会があつたのです。その王子が最もよくばつてゐたといふので世嗣に選ばれたことは言ふまでもないことです。全く、銭のない人達こそいゝ面の皮だつたのです。いくら働らいても、働らけば働くほどもらつた賃金では足らぬほど腹が空くやうな仕掛に、うまく仕組まれてゐたのですからたまりません。それとは知らずに働らけば暮らしが楽になると思ひこんでゐた人達が大部分だつたのです。そんなわけですから、何も仕事をしないものは「なまけもの」と言はれて軽べつされたり、銭がなければ食べないなどという規則みたいなものさへあつたのです。
新らしい王様が位についたときは勿論大変なさわぎだつたのです。旗も立てたしアーチなども作つてその下を通るやうにし、花火もたくさんあげたのです。「正しい数千年の歴史」なのですから、実にたくさんの祭日や記念日があり老王の退位の日もちやんと旗を立てゝ、来年からも同じ日に旗をたてることになつたことは勿論です。王様は、盗られてはいけないといふので立派な鉄砲や剣をもたした兵隊を国境へ守備に出しましたが、何処まで行つても国境がないのですから、これが如何に大変なことであつたかは、先に述べた博士達のことででもわかる筈です。しかし、新しい王様が少しでも国を減らそうなどとは思ひもよらなかつたことだけは、それから幾千年かの後そのまゝの広さの国を博士達が測量しやうとしたことででもわかるのです。後から後からとひつきりなしに国境へ送られた兵隊達は二度と再び帰つては来ませんでした。何処で暮らすのも一生と考へ、かへつてせいせいしていゝと思つた兵隊も中にはゐたのでせうが、住みなれた街から再び帰らぬ旅に出るのですから、別れにくい心残りもあつたことはあつたのでせう。
時間が経つてその王様も死に、その次の王様も死にました。そして、その次の王様も死んでしまつたことはあたりまへのことです。百年も千年もの間には次々の何人もの王様が死んだし、王様でない人達だつて死んだり生れたりしたのです。初めの頃はほんの二三人の大臣が王様のそばにゐたのでしたが、だんだんにその数が多くなつて「時計大臣」「紙屑大臣」などといふものまであるやうになつてしまつたので、数百人といふ大臣が王様の仕事の補佐をするやうになつたのです。
時計大臣といふのは、自分の時計とちがつた時計を持つてゐる者から見つけ次第に罰金を取つたり時計をたくさん持つてゐるものに勲章を呉れたり、届けをしないで時計を止めてゐるものを罰したり、街の時計を正確に直して歩いたりするのが役目なのです。時には、金の時計は胸ポケツト銀のは胴ポケツト銅のはずぼんポケツト、それから鉄のは足首へなどといふ法律を定めたりもするのでした。又時計の定価をそれぞれ大きさや金属によつてきめなければならない重要な役もあるのですから時計会社の重い役にも就いてゐなければなりませんでした。紙屑大臣といふのは、主として紙屑やさんの取締りが役目なのです。が自分で屑拾ひに出ることもあるのです。このほかに「鼻糞大臣」これは鼻糞を乱棒に取つては衛生的でないといふので出来た大臣ですが、このほか色々の大臣がゐるのでした。つまらない大臣もあつたもんだと思ふでせうが、「紙屑大臣」だつて「鼻糞大臣」だつて高い位であるばかりではなく、金があつてもつてがなければなれないし、つてだけあつても金がなければどうにもならないのですから、なりたいと思ひながらなれずにゐるうちに死んでしまう人達だつてたくさんにゐたわけです。こんな風にして、王様自身ですることがなくなつてしまひましたが、王様がなければ大臣もないわけなのですからそこはぬけ目のない人達は、よつてたかつて王様は人ではなく、神様だといふことにしてしまひました。大臣達は、自分の思ふまゝの世の中をつくり上げると、今度はそれを保護しなければならない立場になりました。そこで色々な特種な法律をたくさんつくつて、足らなければその時に応じて又いくらでもつくることにしました。又、大臣の世襲といふことも問題になつたのでしたが、あまりよくない大臣はもつとよい大臣になつてからそれをきめた方が都合がよいと思つてゐたのでまとまらずにしまひました。
それから、又、永い時間が経つて、さうした世の中が絶頂にゆきつくと、そこから又変な世の中の方へ動きかけました。「働らかなければ食へない」といふ男の前で「それはこのことなのか」と、餓死自殺をしてしまつてみせるのがゐるかと思ふと、「大臣」の間に党派が出来て別々に異つた名称をつけてゐたり、一部の人達が過飲過食を思想的にも避けるやうになると、たちまちそれが流行になつてしまつたり、さうかと思ふと本を読むほど馬鹿げたことはない、今までは金を出して本を買はされるばかりではなくその内容まで読まされてゐたのだが、これは向ふで読者へ読んでもらうつぐなひとして渡す金高をわれわれが今まで仕払つてゐたあの「定価」といふところへ刷られてゐなければ嘘だ。そのほかに四五日分の日当さへ出してもらはなければならないものにさへ、われわれはうつかりして自分の方から金を出して買つてゐたのだ――といふことがすばらしい人気を呼んで本が一冊も売れなくなつたり、電車の行つたり来たりするのを見てゐた二人の子供の一人が「朝の一番最始の電車はどつちから先に来るんだ」と言つたことに端を発して、朝に就ては世の学者誰一人として何も知らなかつたことを暴露してしまつたり、最低価額の下宿住ひの或る男が、そこの賄ひだけで死なずに十分生きてゆける筈なのに、時折りカフエーなどに出入してビールやトンカツを食ふということが、どういふわけのことであるのかといふことになつて、結局は熱心な学者に依つて生きたまゝ解剖されて脳と胃袋がアルコール漬の標本になつてしまつた等々々――のさうした状態もそのまゝずいぶん永くつゞくだけはつゞいたのです。
そして、何時の間にか電車の数が住居者の人口より多くなつてゐたり、警官の数が警官でない者の五倍にもなつてゐるのにびつくりして、最善の方法としてそのまゝに二つのものゝ位置をとりかへたりするやうなことを幾度かくりかへした頃には、人達はてんでに疲れてしまつたのです。そして、あの大砲を打ちながら消息を絶つてしまつたりした博士達のゐた頃からでさへすでに数へきれないほどの時間が経過してしまつてゐるのに、まだこれから来る時間が無限だと聞かされた人達は何がなんだかまるでわからなくなりました。
一方、何時の頃からか国の形も次第にわかり広さもわかつて彩色した立派な地図も出来、その国のほかにもまだたくさんの異つた国のあることを知ると、王様や大臣達は自分の国がさう広いやうには思はれなくなりましたが、その綺麗な地図の中に何一つ自分のものを持つてゐない人達はそれに何らの興味もないばかりでなく、地図の中の一里四方といふ面積が何を標準にしてきめた広さなのか更にけんとうもつかないのでありました。王様や大臣達は彼らが面積とは何であるか知らないのに驚きました。
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