三崎の夜
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静かな 冬の部屋に
投げ出された トランクがひとつ
仄かなる旅の愁は かなしみは
トランクの 銀の金具の
ひかりなきいろより 湧き起る
港街 夜の三崎よ
彷徨ひる靈魂のやうに
沖合には
ちらほらと いさり火が搖れ
岸邊には
三崎掌句の衷調が
そこはかとなく 船のなかより聞えくる
滿たされぬ こころいたわり
果しなく 旅し行く 私の胸に
ふさわしい 美くしの港唄
何かは知らねど 感傷の涙が
悠張なるリズムに 誘われる
ああ 夜は更けて 旅舍の窓邊に
午後の街で 行き遇つた
榮螺賣の娘の頰が 浮んで
私のこころを
〓情の フオークで搔き亂す
消えゆくもの
ほのぼのと さあめはけぶる
熱海の海のたそがれどき
大島へ行く 小さき船は
まぼろしのやうに姿が霞んでゆく
私は おぼしまに身をすり寄せて
淋しさの食ひ入つてくる胸を押へ
見るともなく 忙んやりと
疲れた眼を 遊ばしてゐる
私の靑春は 淋しく そして惱ましい
心の何處かに 大きな空虛がある
ほたほたと 湧き出ずる鑛泉に
すつぼりと身体を浸しても
何んとなく 落ちつけない
それは 灰色の海の彼方へ
だんだん姿が うすれゆく舟のやうに
心から 消えてゆくものがある
私はそれを放してはならない
そうして 永違に
それを養ひ育ててゆくのだ
おお それは
靑春を 人生をいろどる
燃ゆるやうな熱情と憧憬と
それから
空想を追ふ 純眞な魂である
醉醒の愁
醉ざめの 寂しき愁
その愁をつつむ外套の襟に
しんみりと 十二月の雪がふる
公園の夜更け 靑白いアアク燈の下を
ひとときの 戀と酒とに
爛れ勞れた私の心は
その夜の影薄い女の顏を
さみしげに笑つた その顏を
狂人のやうに 幻を追ひまわる
(耳の下に ほくろのあるお方は
苦勞が絕いないんですつて···)
おお いとほしい女よ
いま お前の言葉が はつきり聞えて
煩悶と憂暗にみちた 私の境涯が
腦裡に甦つてくる
耳の下のほくろ
私は ポケツトから冷たひ手して
そつと ほくろに指をあてる
小さな瘡痕のやうな ふくらみ
私の不幸が こんなところから湧くのかしら
私は ひややかに頰笑む
しかし 人生の洞察者よ
私に このほくろを燒きとることは
さらに堪へられないことである
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