ふと目はさめぬ

島崎藤村

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ふと目は覺めぬ五とせの 心の醉に驚きて 若き是身をながむれば はや吾春は老いにけり 夢の心地も甘かりし 昔は何を知れとてか 清しき星も身を呪ふ 今は何をか思へとや 剛愎なりし吾さへも 折れて泣きしは戀なりき 荒き胸にも一輪の 花をかざすは戀なりき 勇める馬の狂ひいで 鬣長く嘶きて 風こゝちよき青草の 野邊を蹄に履むがごと 又は眼も紫に 胸より熱き火を吹きて 汲めど盡きせぬ眞清水の 泉に喘ぎよるがごと 若き心の躍りては 軛も綱も捨てけりな こがれつ醉ひつ筆振れば 筆神ありと思ひてき あゝうつくしき花草は 咲く間を待たで萎むらむ 消えはてにけり吾戀は 藝術諸共消えにけり そは何故のうき世にて 人に誠はありながら 戀路の末はとこしへの 冬を生命に刻むらむ 黒髮われを覆ふとも 血潮はわれを染むるとも 花口脣を飾るとも 思は胸を傷ましむ 繪筆うちふる吾指は 歎きのために震ふかな 涙に濡るゝ吾紙は 象空しく消ゆるかな かはりはてたる吾命 かはりはてたる吾思 かはりはてたる吾戀路 かはりはてたる吾藝術 この世はあまり實にすぎて あたら吾身は夢ばかり なぐさめもなき幻の 境に泣きてさまよふわれは

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