海賊の歌

薄田泣菫

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八月の日ぞ照りしらむ 葉びろ柏の繁みより女の如き目ざしして、 かいまみ笑める青き空。――ああ、その青よ、ふるさとの おほ海つみの浪の色。 今ぞ別れむ、戀人よ。汝が盃は甘かりき、 さあれ、わが世の踴躍をば今日こそ見つれ、わが魂は 喘ぎぬ、浪に。手なとりそ。ああ、幻よ、 八百潮の、日にまた夜はに胸さわぎ 滿ち張る――海へ、いざ歸らまし。 君は薔薇の花白き片山かげの紅顏少女、 われは檳榔の影ひたる南の海の船の長、 双の腕をとりかはし昨日か戀ひし。今日ははた 別れとなりぬ。夏初め、宵の月夜の逢曳に、 やがてさこそと歎きしか。 さもあらばあれ、われはまた夏野の鳥の日もすがら 木かげの花に脣ふるる色好みにはえも堪へじ。 ああ、また高き日ざかりの波の穗光り、潮合の 遠鳴る――海へ、いざ歸らまし。 束の間なりき。わが戀はげに夏の夜の夢なりき。 かへる彼方のわだつみの營みいかに繁くとも、 忍びかいでむ、君が名は。 ああ、『追懷』よ、來し方のながき砂路に殘るらむ あえかの花のひと莖は、唯君のみの名なるべし。 それはた小野の朝じめり、薔薇の香ふ途ならず、 汐ざゐどよむ海境を海豚の列の見えがくる 大わだつみの彼方にて。ああ、空みたれ、船の帆の はためく――海へ、いざ歸らまし。 知らじや、われはわだつみの船盜人の一の者、 船がかりする商人の珍の寶を奪りはすれ、 女の胸にひむるてふ祕密の摩尼は盜まじよ。 ああ、後の日も忘れずの肌のなまめき、目のうるみ‥‥ いな、わが戀は遠海の白藻の香ひ、浪の搖れ、 汐の八百路を漕ぎわくる櫂のきしめき。 くちびるの火のあまきかな。――かくて、われ また緑野の花は見じ。――ああ、海神のたか笑ひ どよむか――海へ、いざ歸らまし。

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