あの頃

高村光太郎

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人を信ずることは人を救ふ。 かなり不良性のあつたわたくしを 智恵子は頭から信じてかかつた。 いきなり内懐に飛びこまれて わたくしは自分の不良性を失つた。 わたくし自身も知らない何ものかが こんな自分の中にあることを知らされて わたくしはたじろいだ。 少しめんくらつて立ちなほり、 智恵子のまじめな純粋な 息をもつかない肉薄に 或日はつと気がついた。 わたくしの眼から珍しい涙がながれ、 わたくしはあらためて智恵子に向つた。 智恵子はにこやかにわたくしを迎へ、 その清浄な甘い香りでわたくしを包んだ。 わたくしはその甘美に酔つて一切を忘れた。 わたくしの猛獣性をさへ物ともしない この天の族なる一女性の不可思議力に 無頼のわたくしは初めて自己の位置を知つた。 昭和二四・一〇

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