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与謝野晶子

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小蒸汽の艫、 ここに立ちて 後ろを見れば、 過ぎ去る、 過ぎ去る、 逃げるやうに過ぎ去る わたしの小蒸汽。 後ろに長く引くのは、 板硝子のやうな航跡、 その両側に 船底から食み出した浪が 糊を附けて硬ばつた 藍色の布の 襞と皺とを盛り上げる。 ぱつと白く、 そのなかに、遠ざかる 港の桟橋を隠して、 レエスの網を跳ね上げる飛沫。 また突然に沢山のSの字が 言葉のやうに呟いて やがて消えゆく泡。 陸から、人から、 貧乏から、筆から、 わたしの平生から、 ああ、かうして離れるのは好い。 過ぎ去る、 過ぎ去る、 わたしの小蒸汽。

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