道に仙人に逢ふ

在田稠

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山々に春の芽が出て 里に季の花の咲きかけた時だつた。 深山の小徑に己れは仙人に逢つた。 仙人は髯も無く未だ若かつた。 けれども赭顏赫灼として輝き 微笑した時、 ぎらりと光つた白い齒並は 彼れの强健な四肢と共に健康其物のごとく、 强さうな意志とゆつたり運命にあせらない落 着とは、 やはり羨ましい姿態を備へてゆるやかに迫つ て來る。 彼れは十五年間雲の上の頂に住んで居た。 一切の火食を廢し、 禁慾と修業の月日を送つ て居る。 あゝ、 其の悟りは何であつても、 其の一日々々が如何に緊張した他に壓せられ ない、 また他を壓しもしない自然の生活であ らう! 已れも一切のものを投げ棄てゝ山上に立籠る 事が出來れば幸である。 現世は餘りに僞り多く、 不自然の生活に充た されて居る。 一本の樹にすら獨自の生活が與へられて居 る。 そして無限の進展がある。 我々は餘りに壓せられ虐げられて居はすまい か? 『心ならずも』 の生活に蔽はれて居はすまい か? 過つた現世の生活の酬ゐとして今現世に苦し み、 また罪なき係累に生活の糧を殘す丈の責任は あらう。 しかしそれと同時に一切の覊絆を斷ち切つて 獨自の生活に邁進する事も血の出るやうな願 望である。 腰の曲む重荷を背負つても、 足に卷き着いた 鎖を引摺つても、 願望に向つて笑みつゝ進まねばならぬ。 苦難と修業を恐れず、 心の欲するまゝに、 語 を代へて云へば神の御心のまゝに展びよう。 表現が藝術の形式であつても、 實行であつて も、 哲學であつても、 純眞な自己の心境を拓 り開いて進まう。 充實した安心と、 天命のまゝに恐れざる確乎 とした道理を辿つて行き度い。 仙人は靜かに笑みつゝ會釋して山上目がけて 雲の如く速かに登つて行く····· (身延七面山麓にて三、二七、一九二一)

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