萬有と詩人

土井晩翠

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

Atque omne immensum peragravit mente  animoque. Lucretius. 「渾沌」よさし窮りて 時「永劫」のふところを 出でしわが世のあさぼらけ かざしににほふ明星の 光に琴を震はして 詩人よ君は歌ひしか。 流るゝ光りしづむ影 過ぎし幾世の春秋ぞ 巖は移り山は去り 淵も幾たび替りけむ おほあめつちの美はしき たくみは今もむかしにて。 あゝわだつみの波の花 銀蛇の飛ぶに似たるかな 仰げば空に虹高し 虹にも醉はぬわがこゝろ 波にもにぶきわがこゝろ たのむは獨り君が歌。 生ける焔のバプテズマ 浮世の塵を燒き掃ひ 雲を震はせ風に呼び 光に暗に伴ひて 大空遠く翔けりくる 詩神の歌を君聞くや。 あさ日の光りゆふ光り かれとこれとの染め替ふる たくみもよしや天雲の 輕羅のころも花ごろも 曳くやもすその紅に 詩神の影を君見るや。 「泉のほとり森のかげ 光てりそふ岡(一)のみか あしたの風の吹くところ ゆふべの雲のゐるところ 露のしづくのふるところ いづくか歌のなからめや。 流るゝ水のゆくところ きらめく星のてるところ 緑の草の生ふところ 鷲の翼を振るところ 獅子のあらしに呼ぶところ いづくか歌のなからめや。 春は吉野のあさぼらけ こむる霞のくれなゐも 遠目は紛ふ花の峯 夏はラインの夕まぐれ 流は遠く水清く 映るも岸の深みどり 汨羅の淵のさゞれなみ 巫山の雲は消えぬれど 猶搖落の秋の聲 潮も氷る北洋の 巖を照らすくれなゐは 光しづまぬ夜半の日か。 路に斃れしカラバンの 枯骨碎けて塵となり 魂啾々の恨さへ あらしにまじる大砂漠 もの皆滅ぶ空劫の 面影君はこゝに見む。 黒雲高くおほ空の 照る日の影を呑みけして 紅蓮の焔すさまじく 巖も熔くる火のみ山 あめつちわかぬ渾沌の おもかげ君はこゝに見む。 まぼろし追うてくたびれて しばし野末の假のやど 結ぶや君よ何の夢 さむれば赤したなごゝろ あたりの風を匂はして 笑むはやさしの花ばらか。 涙にあまる思(二)とは 歌ふをきゝぬ野路の花、 荒磯蔭のうつせ貝 聲なきものを何人か 海のしらべをこゝろねを 其一片に聞き(三)にけむ。 たかねの崖に花にほひ 情波の淵に歌は湧く、 無象を聲に替ふるてふ 君が心耳のきくところ 空のいかづち何をつげ 夜半のこがらし何を説く。 夜半のこがらし何を説く、 「眠」の如く「死」の如く やさしき鳩の羽たゆく ゆふべの空に下るごとく 詩神の魂の降り來て 君が心をみたすとき。 夜の薫りの高うして 天地しづかに夢に入る うちに聲なく言葉なく またゝく窓のともしびに 風の姿を眺めては 思はいかに君が身の。 心の窓も押しあけて 眺むる空に流れくる 星の行衞はいづくぞや 清きアボン(四)の岸のへか 咲くタスカン(五)の花の野か それワイマア(六)の森蔭か。 北斗は遠し影高し 望の光り愛の色 かれにもしるき參宿(七)の もなかにひかりかゞやきて (かたどる影は眞善美) 三の星こそ並ぶなれ。 坤輿一球透き通り 仰ぎて上に見るがごと 下にも光る千萬の 星の宿りを眺め得ば 下界の名さへ空しくて 我世いみじと知るべきを。 まことの光りまことの美 狹霧に蔽はれとざされて 暗にさまよふわがこゝろ たのむは獨り君が歌 紫蘭の薫り百合花の色 爲めに咲かなん君が歌。 しらべも高くねも高く あらきあらしを和げて 微妙の樂に替ふるてふ 君が玉琴かきならし 涙のうちにほゝゑみて 暗のうちにもかゞやきて。 かのオルヒスのなすところ 陰府に繋がる魂を解き かのピタゴルの説くところ 御空に星の樂を聞き かのプラトンの見るところ 高き理想の夢に醉へ。    ―――――――― (註)(一)失樂園第三卷    (二)ヲルヅヲルス    (三)ロセツテ    (四)セークスピア    (五)ダンテ    (六)ゲーテ    (七)オライオンの星宿    ――――――――

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品の表現や構成を検討し、根拠を示しながら評価・講評する場所です。

まだ批評・講評はありません。

萬有と詩人の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

萬有と詩人に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる