貸家札

萩原朔太郎

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 熱帶地方の砂漠の中で、一疋の獅子が晝寢をして居た。肢體をできるだけ長く延ばして、さもだるさうに疲れきつて。すべての猛獸の習性として、胃の中の餌物が完全に消化するまで、おそらく彼はそのポーズで永遠に眠りつづけて居るのだらう。赤道直下の白晝。風もなく音もない。萬象の死に絶えた沈默の時。  その時、不意に獅子が眠から目をさました。そして耳をそば立て、起き上り、緊張した目付をして、用心深く、機敏に襲撃の姿勢をとつた。どこかの遠い地平の影に、彼は餌物を見つけたのだ。空氣が動き、萬象の沈默が破れた。  一人の旅行者――ヘルメツト帽を被り、白い洋服をきた人間が、この光景を何所かで見て居た。彼は一言の口も利かず、默つて砂丘の上に生えてる、椰子の木の方へ歩いて行つた。その椰子の木には、ずつと前から、長い時間の風雨に曝され、一枚の古い木札が釘づけてあつた。 (貸家アリ。瓦斯、水道付。日當リヨシ。)  ヘルメツトを被つた男は、默つてその木札をはがし、ポケツトに入れ、すたすたと歩きながら、地平線の方へ消えてしまつた。

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