植物

池田克己

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微温帶の濕度が肌に汗をにじませた。 少し風が搖ぐやうだ。 不圖、 眼を上げた。 がッもう遲い。 赤い、 柔い、 はし痒い纎維がすでにもう髮の毛をくわえこんでし まつた。 ぢたばたやつてゐた手も足も、 落ちついたまるでのろまな起重機 のやうな力の中へ、 やがてその姿は見えなくなつてしまつた。 小枝も葉も靜に搖ぎ止んだ。 地上を覆ひつくす鬱蒼たる樹海。 生きてゐる植物。 動物は濕度に疎生する蠢動黴であつた。 そんな時代があつたさうだ。 私はかつて原生樹林を貫く溪谷に沿つて步いてゐた時、 突然凄しい雷鳴の驟雨に襲はれた。 今迄、 薄暗く燻つてゐた谷水は激しい射光を受けて、 たゝきこめ たヒ首の如くに光つた。 耳はたゞもう引きつられんばかりに壁山の反射を受けてゐた。 而しこの時、 私にはいさゝかの怖れ氣も起らぬばかりか、 壯烈に 手を拍たん勢でさへあつた。 私は不思議に美しさに捕はれてゐるやうであつた。 やがて雷鳴靜まり、 雨が遠のき、 頭上を覆ふ枝々の細かい萬葉から、 雲間の斜陽を受けた大粒の雫 が、 燦然と輝き充ちて私にふりかゝり、 私の顏を洗ふた時、 私が少しも怖ろしくなかつたのは、 誰れにも知られず、 こいつが 物を云つたのだと、 ひそかに濡れて滑らかな樹の肌に、 襟正す思ひ で手を觸れ、 つぶやいた。 副記······地上の完全な靜寂とは、 例へばかゝる天界の暴威逞まし き一瞬のみであるだらう。 人間動物の聲音は、 喜怒哀樂を 問ふことなく咫尺の間に打ち消された。

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