高潮

蒲原有明

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曙のうた 漲り披く千重の浪 憊るる色は更になし 擁くは勁く張りし琴 音の高きに副へばなり 深き遠きを問はずして 胸によろづの聲を籠め 夜を傷みて夢おほき 人の世の岸洗ひ去る 曙に海鳴りわたれ  鳴りわたれ海あけぼのに 磯うち湧きてあがり 溢れて沙噛めよ 曉の星あふぎ見て 舒びていざよふ雲の君 にほひ含める唇に 讃むるは朝の光なり 曉の空いと清く 明けゆく雲はやすらひて 彩ある榮の光こそ その胸にしもうつりけり 曙に風吹きかへせ  吹きかへせ風あけぼのに 高きに光纒ひ 微かに淨く拂へ 愁は谷の霧なれば 思ひは暗き澤がくれ かなしみ細くいと苦き 小草を把りしわが身さへ 高潮滿ちて繞りゆく 海のほとりによみがへり 雲は匂へる朝ぼらけ 生るる靈の幸想ふ 曙に海鳴りわたれ  鳴りわたれ海あけぼのに 豐かに遠く湛へ 流れて岸に觸れよ 海に映りつ輝きつ 雲あひ牽きて影逐へば 母なる地の歡樂に 塵もこの時また聖し 流轉よ暫時たちかへり 翼收めて虚空に見よ 野の花わかき髮に添ひ 森の香健き胸に入る 曙に風吹きかへせ  吹きかへせ風あけぼのに 極より極に過ぎて 天より地に下りよ   *  *  * 重なる歳月は移れども 忘られぬ日は稀なりや 古來の典籍を繙きて 世をば激せし蹤を見よ 無憂樹の蔭華饒く 馬槽の邊に星照らす 嗚呼その法の曙の 光もいつか影歛め 傷みてひとり嘆きつつ 懷疑の途人走る 奔放なれかかる世や 熱慕情にただ嚮へ 微闇き空いかばかり 雲華やかに染め來ずや うち咽ぶ海またここに 潮ふたたび滿ち來ずや 然らずや高き遠き見て 明けゆく磯にわが立てば この曙に白銀の 獵箭弓弦を斷つがごと 雄々しき魂の生れいで この曙に琴のねの 祝ひの歌を曳くがごと やさしき魂の聲あげむ われ今清き曙に 色と香を慕ふ時 おのづからなる命こそ 活きて極なく流れゆけ 響は浪に高くたち 光は雲に靆きて 嗚呼この清き曙に 風吹きかへせ浪鳴りわたれ (明治三十五年一月刊)

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