雨の日ぐらし

北原白秋

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ち、ち、ち、ち、と、もののせはしく 刻む音…… 河岸のそば、 黴の香のしめりも暗し、 かくてあな暮れてもゆくか、 駅逓の局の長壁 灰色に、暗きうれひに、 おとつひも、昨日も、今日も。 さあれ、なほ薫りのこれる 一列の紅き花罌粟 かたかげの草に濡れつつ、 うちしめり浮きもいでぬる。 雨はまたくらく、あかるく、 やはらかきゆめの曲節…… ち、ち、ち、ち、と絶えずせはしく 刻む音…… 角窻の玻璃のくらみを 死の報知ひまなく打電てる。 さてあればそこはかとなく 出でもゆく 薄ぐらき思のやから その歩行夜にか入るらむ。 しばらくは 事もなし。 かかる日の雨の日ぐらし。 ち、ち、ち、ち、ともののせはしく 刻む音…… さもあれや、 雨はまたゆるにしとしと 暮れもゆくゆめの曲節…… いづこにか鈴の音しつつ、 近く、 はた、速のく軋、 待ちあぐむ郵便馬車の 旗の色見えも来なくに、 うち曇る馬の遠嘶。 さあれ、ふと 夕日さしそふ。 瞬間の夕日さしそふ。 あなあはれ、 あなあはれ、 泣き入りぬ罌粟のひとつら、 最終に燃えてもちりぬ。 日の光かすかに消ゆる。 ち、ち、ち、ち、ともののせはしく 刻む音…… 雨の曲節…… ものなべて、 ものなべて、 さは入らむ、暗き愁に。 あはれ、また、出でゆきし思のやから 帰り来なくに。 ち、ち、ち、ち、ともののせはしく 刻む音…… 雨の曲節…… 灰色の局は夜に入る。 四十一年五月

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