柑子

北原白秋

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

蕭やかにこの日も暮れぬ、北国の古き旅籠屋。 物焙ぶる炉のほとり頸垂れ愁ひしづめば 漂浪の暗き山川そこはかと。――さあれ、密かに 物ゆかし、わかき匂のいづこにか濡れてすずろぐ。 女あるじは柴折り燻べ、自在鍵低くすべらし、 鍋かけぬ。赤ら顔して旅語る商人ふたり。 傍より、笑みて静かに籠なる木の実撰りつつ、 家の子は卓にならべぬ。そのなかに柑子の匂。 ああ、柑子、黄金の熱味嗅ぎつつも思ひぞいづる。 晩秋の空ゆく黄雲、畑のいろ、見る眼のどかに 夕凪の沖に帆あぐる蜜柑ぶね、暮れて入る汽笛。 温かき南の島の幼子が夢のかずかず。 また思ふ、柑子の店の愛想よき肥満たる主婦、 あるはまた顔もかなしき亭主の流す新内、 暮れゆけば紅き夜の灯に蒸し薫ゆる物の香のなか、 夕餉時、街に入り来る旅人がわかき歩みを。 さては、われ、岡の木かげに夢心地、在りし静けさ 忍ばれぬ。目籠擁へ、黄金摘み、袖もちらほら 鳥のごと歌ひさまよふ君ききて泣きにし日をも。―― ああ、耳に鈴の清しき、鳴りひびく沈黙の声音。 柴はまた音して爆ぜぬ、燃えあがる炎のわかさ。 ふと見れば、鍋の湯けぶり照り白らむ薫のなかに、 箸とりて笑らぐ赤ら頬、夕餉盛る主婦、家の子、 皆、古き喜劇のなかの姿なり。涙ながるる。 三十九年五月

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品の表現や構成を検討し、根拠を示しながら評価・講評する場所です。

まだ批評・講評はありません。

柑子の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

柑子に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる