水村の春

北原白秋

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一 水車のまはる樋口に 窻障子あくる子のあり。 春はまだしか、芽麦に はだら雪など光れり。 二 春雨けぶる小がはに 板橋わたす里かや。 この田かの田の下萠え、 簑笠つけて早や鋤く。 三 ひとむら萠えしなづなを 朝出て食むや雌の牛、 沼の田べりはわづかに 降りつぐもののにほへり。 四 かはづの啼くはころころ、 田螺の啼くはころろよ、 ころころ、ころろ、ころころ、 萠え来よ、春の下ん田。 五 蛙が啼くよ、沖田に 芽柳もなびくよ。 誰ぞや、こぬかの小雨に 今朝あかあかと火を焚く。 六 春はまだ浅き水田の 根芹は馬に食まれぬ。 ゆきかへりつつ、鋤きつつ、 ひと日は雨に暮れたり。 七 ふたもと高い葉楊、 鍋底こする舟の子、 つん抜け土間の藁家は 燕の飛ぶにまかせぬ。 八 夜明けの靄にめざめて、 渡るは雁か、くぐひか、 早や榜ぎいでよ、作舟、 沖田あたりは晴れうよ。 九 耕作舟につむもの、 犂、鍬、黒の雌の牛、 朝靄がくり棹さす 娘のあかい細帯。 十 せんだんの実もさみしや。 蓆機織る藁家は、 日がな日ぐらし音して、 日がな日ぐらし雨ふる。 十一 藁すぐる子の目見ゆゑ、 沼のあかりがしむかよ。 ときたま鳴けよ、鳰鳥、 昼間の月も渡るよ。 十二 前ゆく蝶のつばさに 土のしめりはながれぬ。 まことに春は田の面の 末より野路ににほひぬ。

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