樅のふたもと
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うちけぶる樅のふたもと。
薄暮の山の半腹のすすき原、
若草色の夕あかり濡れにぞ濡るる
雨の日のもののしらべの微妙さに、
なやみ幽けき Chopin の楽のしたたり
やはらかに絶えず霧するにほやかさ。
ああ、さはあかれ、嗟嘆の樅のふたもと。
はやにほふ樅のふたもと。
いつしかに色にほひゆく靄のすそ、
しみらに燃ゆる日の薄黄、映らふみどり、
ひそやかに暗き夢弾く列並の
遠の山々おしなべてものやはらかに、
近ほとりほのめきそむる歌の曲。
ああ、はやにほへ、嗟嘆の樅のふたもと。
燃えいづる樅のふたもと。
濡れ滴る柑子の色のひとつらね、
深き青みの重りにまじらひけぶる
山の端の縺れのなやみ、あるはまた
かすかに覗く空のゆめ、雲のあからみ、
晩夏の入日に噎ぶ夕ながめ。
ああ、また燃ゆれ、嗟嘆の樅のふたもと。
色うつる樅のふたもと。
しめやげる葬の曲のかなしみの
幽かにもののなまめきに揺曳くなべに、
沈みゆく雲の青みの階調、
はた、さまざまのあこがれの吐息の薫、
薄れつつうつらふきはの日のおびえ。
ああ、はた、響け、嵯嘆の樅のふたもと。
饐え暗む樅のふたもと。
燃えのこる想のうるみひえびえと、
はや夜の沈黙しのびねに弾きも絶え入る
列並の山のくるしみ、ひと叢の
柑子の靄のおぼめきも音にこそ呻け、
おしなべて御龕の空ぞ饐えよどむ。
ああ、見よ、悩む、嗟嘆の樅のふたもと。
暮れて立つ樅のふたもと。
声もなき悲願の通夜のすすりなき
薄らの闇に深みゆく、あはれ、法悦、
いつしかに篳篥あかる谷のそら、
ほのめき顫ふ月魄のうれひ沁みつつ
夢青む忘我の原の靄の色。
ああ、さは顫へ嗟嘆の樅のふたもと。
四十一年二月
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