夕日のにほひ

北原白秋

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晩春の夕日の中に、 順礼の子はひとり頬をふくらませ、 濁りたる眼をあげて管うち吹ける。 腐れゆく襤褸のにほひ、 酢と石油……にじむ素足に 落ちちれる果実の皮、赤くうすく、あるは汚なく…… 片手には噛りのこせし 林檎をばかたく握りぬ。 かくてなほ頬をふくらませ 怖おづと吹きいづる………珠の石鹸よ。 さはあれど、珠のいくつは なやましき夕暮のにほひのなかに ゆらゆらと円みつつ、ほつと消えたる。 ゆめ、にほひ、その吐息…… 彼はまた、 怖々と、怖々と、……眩しげに頬をふくらませ 蒸し淀む空気にぞ吹きもいでたる。 あはれ、見よ、 いろいろのかがやきに濡れもしめりて 円らにものぼりゆく大きなるひとつの珠よ。 そをいまし見あげたる無心の瞳。 背後には、血しほしたたる 拳あげ、 霞める街の大時計睨みつめたる 山門の仁王の赤き幻想…… その裏を ちやるめらのゆく…… 四十一年十二月

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