南国

北原白秋

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

ああ、君帰れ、故郷の野は花咲きて わかき日に五月柑子の黄金燃え、 天の青みを風ゆるう、雲ものどかに 薄べにのもとほりゆかし。――帰れ君、 森の古家の蔦かづら花も真紅に、 飜へれ、君はいづこに、――北のかた 柩まうけの媼さび、白髪まじりの 寒念仏、賢し比丘らが国や追ふ。 ああ鬱憂の山毛欅の天、日さへ黒ずみ、 朽尼が涙眼かなしむ日の鉦に、 畠の林檎紅饐えて蛆こそたかれ。 帰れ、君、――筑紫平の豊麗に 白がね鐙、わか駒の騎士も南へ、 旅役者、歌の巡礼、麗姫、奴、 絵だくみ、うつら練り続け。なかに一人、 街道や藤の茶店の紅き灯に 暮れて花揺る馬ぐるま、鈴の静けさ、 四とせぶり、君も帰らふ夕ならば 靄の赤みに、夢ごころ、提灯ふらまし。 朝ならば君は人妻、野に岡に、 白き眼つどへ、ものわびし、われは汀の 花菖蒲、風も紫の身がくれに 御名や呼ばまし、逢見初め忍びしわかさ 薄月に水の夢してほそぼそと、 ああさは通へ、翌の日も、山吹がくれ 雨ならば金糸の小蓑、日には跑、 一の鳥居を野へ三歩、駒は木槿に、 露凍の忍び戸、それもほとほとと 牡丹花ちらぬほど前へ、そよろ小躍れ 薔薇みち、蹈めば濡羽のつばくらめ、 飛ぶよ外の面の花麦に。 あれ、駒鳥のさへづりよ。 籬根近し、忍び足、細ら口笛 琴やみぬ、衣のそよめき、さて庭へ、 (それと隠れぬ。)そら音かと、(空は澄みたれ、 また鳴らす。)ほほゑみ頬に、浮あゆみ 楝、柏の薄ら花ほのにちる日の 君ならばそぞろ袂もかざすらむ。 はや午さがり、片岡の畑に子ら来て、 早熟の和蘭覆盆子紅や摘む 歌もうらうら。――風車めぐる草家は 鯉のぼり吹きこそあがれ、ここかしこ、 里の女は山梔の黄にもまみれて 糯や蒸す、あやめ祭のいとなみに 粽まく夜のをかしさか、頬にも浮べて わかうどは水に夕の真菰刈、 いづれ鄙びの恋もこそ。 君よ。われらは花ぞのへ、 夕栄熱き紅罌粟の香にか隠れて 筒井づつ振分髪の恋慕びと 君吾燃ゆる眼もひたと、頬ずりふるへ そのかみの幼な追憶――君知るや フランチエスカの恋語――胸もわななけ、 人妻か、罪か、血は火の美しさ、 激しさ、熱さ、身肉の爛れひたぶる かき抱き犇と接吻け死ぬまでも 忘れむ、家も、世も、人も、 ああ、南国の日の夕。

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品の表現や構成を検討し、根拠を示しながら評価・講評する場所です。

まだ批評・講評はありません。

南国の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

南国に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる