春駒

北村透谷

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   第一 門出 北風に窓閉されて朝夕の   伴となるもの書と爐火、 軒下の垂氷と共に心凍り   眺めて學ぶ雪達摩、    けふまでこそは梅櫻、    霜の惱みに默しけれ。 霜柱きのふ解けたる其儘に   朝風ぬるしけふ夜明け、 書の窓うぐひすの音に開かれて、   顏さし出せば梅の香や、    南か北か花見えず、    いづこの杜に風の宿。 耳澄まし暫く聞けば鶯の音は   「春」てふものをおとづれぬ。   × × × × × × × × 書とぢよ、筆措けかしといざなふは   いづこに我をさそふらん。    冬に慣れにし氣は結び、    杖ひき出づる力なし。         〔この間見えず〕   ひとむち當てゝ急がなん。    花ある方よ、わが行くは、    ゆふべの夢の跡戀し。    第二 霞の中 來し道は細川までを限りにて   霞に迷ひうせにけり、 春の駒ひとこゑ高く嘶けば、   吾が身もやがて烟の中、    戀にむせびてうなだるゝ、    招きし花はいづこぞや。 夢にまでうつりし花の面影を   訪ね來て見れば跡もなし、 深山路の人家もあらず聲もせぬ、   廣野の中にわれひとり;    かこつ泪や水の音、    花ある方にそゝげかし。 おりたちて清水飮まする駒の背を   撫でさすりつゝ又一ト鞭、 勇めどもいづれをあてとしらま弓;   思ひ亂れて見る梢に、    鳥の鳴く音ぞかしましき。 立ち籠むる霞の彼方に驅入れば、   小高き山に岩とがり、 枯枝は去歳の嵐に吹き折られ、   其まゝ元梢に垂れかゝる;    さびしさ凄し、たれやたれ、    われを欺き、春告げし。 駒かへしこなたの森の下道を、   急ぎ降れば春雨の、 振りいでゝしよぼぬるゝわが足元を、   かすかにはたく羽の音、    かなたへ隱れて間もあらず、    鳴く聲きけば雉子なり。

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