ゆきだふれ

北村透谷

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病床にありての作なるからに調も想も常にまして整はざるところ多し。讀者の寛恕を乞ふになむ。 ○瘠せにやせたるそのすがた、  枯れにかれたるそのかたち、    何を病みてかさはかれし、    何をなやみて左はやせし。 ○みにくさよ、あはれそのすがた、  いたましや、あはれそのかたち、    いづくの誰れぞ何人ぞ。    里はいづくぞ、どのはてぞ。 ○親はあらずや子もあらずや、  妻もあらずや妹もあらずや、    あはれこの人もの言はず、    ものを言はぬは唖ならむ。 ○唖にもあらぬ舌あらば、  いかにたびゞとかたらずや。    いづくの里を迷ひ出て、    いづくの里に行くものぞ。    ~~~~~~~~~~~ ○いづこよりいづこへ迷ふと、  たづぬる人のあはれさよ。    家ありと思ひ里ありと、    定むる人のおろかさよ。 ○迷はぬはれを迷ふとは。  迷へる人のあさましさ。    親も兒も妻も妹も持たざれば、    闇のうきよにちなみもあらず。 ○みにくしと笑ひたまへど、  いたましとあはれみたまへど、    われは形のあるじにて、    形はわれのまらうどなれ。 ○かりのこの世のかりものと、  かたちもすがたも捨てぬとは、    知らずやあはれ、浮世人、    なさけあらばそこを立去りね。    ~~~~~~~~~~~ ○こはめづらしきものごひよ、  唖にはあらでものしりの、    乞食のすがたして來たりけり。    いな乞食の物知顏ぞあはれなる。 ○誰れかれと言ひあはしつ、  物をもたらし、つどひしに、    物は乞はずに立去れと、    言ふ顏にくしものしりこじき。 ○里もなく家もなき身にありながら、  里もあり家もある身をのゝしるは、    をこなる心のしれものぞ、    乞食のものしりあはれなり。 ○世にも人にもすてられはてし、    恥らふべき身を知るや知らずや、    浮世人とそしらるゝわれらは、    汝が友ならず、いざ行かなむ。    ~~~~~~~~~~~ ○里の兒等のさてもうるさや、  よしなきことにあたら一夜の、    月のこゝろに背きけり、    うち見る空のうつくしさよ。 ○いざ立ちあがり、かなたなる、  小山の上の草原に、    こよひの宿をかりむしろ、    たのしく月と眠らなむ。 ○立たんとすれば、あしはなえたり、  いかにすべけむ、ふしはゆるめり、    そこを流るゝ清水さへ、    今はこの身のものならず。 ○かの山までと思ひしも、  またあやまれる願ひなり。    西へ西へと行く月も、    山の端ちかくなりにけり。    ~~~~~~~~~~~ ○むかしの夢に往來せし、  榮華の里のまぼろしに、    このすがたかたちを寫しなば、    このわれもさぞ哄笑ひつらむ。 ○いまの心の鏡のうちに、  むかしの榮華のうつるとき、    そのすがたかたちのみにくきを、    われは笑ひてあはれむなり。 ○むかしを拙なしと言ふも晩し、  今をおこぞと言ふもむやくし。    夢も鏡も天も地も、    いまのわが身をいかにせむ。 ○物乞ふこともうみはてゝ、  食うべず過ぎしは月あまり、    何事もたゞ忘るゝをたのしみに、    草枕ふたゝび覺ぬ眠に入らなむ。

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