八十八夜
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寝いり端の小耳に
蚊ひとつ
ぷぅんと鳴きついて 哀れつぽく訴へでる
かた手間に 「歳時記」をのぞいてみる
「農家 耕ヲ首ム
立春ヨリ八十八日 マタ春霜ヲ置カズ
茶摘ミハ真盛リ 養蚕ハ初眠ノ頃」
ゆふ窓におく 手燭ほどの月あかり
そのなかに小粉団の匂ひ
または むやみと
幟の滑車の から鳴り
遠音に きりり 近郊電車のせつかちな軋りかた…
ぱらぱらと 夜かぜがきて
卓子の辞書をめくる すると「Candlemas」と出た
聖燭節 さうさう 二月二日
ちらちら 粉雪 しばたたく燭台の燭と
祈祷のこゑと
それに(映写幕のうへの
マリア・シヤプドレェヌの雪)
それらがさつと掠めて 遽かに 夜冷えがくる
脳の芯に白つぽいものが いつぱい
蚊の哀訴 それもすでに止んだ
ときあつて風がもつてくる
――夜学の咿唔の尾が
ひとすぢ 微睡の耳にじやれつくだけ。
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