「孤笻わけ入る山」
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四月十四日
元住吉の野なか、車中からわたしは一羽の鵲をみとめた。痩身長脚、羽根は霜を浴びたほどに白い。――亭い野の欅にとまるとき、それは樹をひきたたせる頭飾となつた。中空に漂うて、それは一点の白、高雅なアトムを撒きちらしてゐた。(いちど「静」のなかで羽根を憩うた、あの「動」の相で…)
四月二十一日
田中冬二さんより来翰。
麦の穂擦れの風が、海のやうにきこえるとあり、また日の暮れがたは、遠蛙がきこえるとも書かれてゐる。
四月二十四日
わたしの詩集に、荘厳といつたものは需めまい。同時に綺羅をも。よしんば需めるとして、あの晩ざくらの群落の、――なにかかう火山灰に似た、白いうす濁りが漂つてをればよい。
五月八日
「詩経」をのぞく。太古にあつても、やはり昆虫は季節の指針をなして、月のうつりを象徴してゐたらしい。
⦅五月、斯螽股を鳴らし。六月、莎鶏羽を振ふ。七月、野に在り。八月、宇に在り。九月、戸に在り。十月、蟋蟀わが牀の下に入る⦆
襟すぢがへんに寒い。ひる寝のなかで、牀の下からやつてきた蟋蟀の、ながい脚に、踏んづけられた夢をみて、さめる。
多喜氏から「近江だるま」が届く。
五月十八日
五月どきの蕭やかさのなかで、あの層のふかい、漆黒の闇の肌ざはりがしたしまれる。いはく、闇中孤坐。……そのなかへ、いつぽんの蝋燭を樹てる。蝋燭の炷がけぶる。まてまてけぶるのは炷でなくて、わたしの孤独でこそあらう。孤独の思量。
(孤独は、ちやうど燃えおちた炷から翔びたつ、孩な灯取虫のごときものであらう)
台湾へおくるための、詩一篇。
ぽつんと紙へ題だけ落として、筆を剪る。
――「孤笻わけ入る山」
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