この苦痛の前に額づく

室生犀星

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よごれた寝台から起き上ると 自分は窓をあけて よい空気をとり入れた 夜は暗くじめしめした雨になつて 塔の姿はすみのやうに黒ずんでゐた かれは紙のやうなうすい肉躰を 痛痛しさうに身じまひした 麻のやうにほそい腕や 燐寸の棒のやうな手足やを 自分は苛酷な目付で眺めた そのやせた胸から骨がすいて見えた 自分はあらしのやうな恥しさを感じた 自分は寝台から飛び下りて かれのきたない靴を接吻した 自分は床に身を投げて 充ち亘る感動に震へてゐた かれは呆れたやうに自分を眺めた 自分は彼女の中に 澄んだ きれいな性質を見た 自分らの有てないやうな善良な それは(人のいい神のやうな)文字通りなものを見たのであつた 人がよすぎると こんな汚ない恥さらしな 自分の身を切売することになるのであつた 自分はまじまじと永い間かれを眺めて 胸をさし上つてくる 座に堪へられない涙をかんじた 自分は窓の方の暗いとこに立つて じめじめしたこの界隈の屋根を眺めてゐた 彼女は心配さうに 私のうしろから 私にいろいろ話しかけた ああ このくらやみの小路に まだ健全な魂の存在してゐることを 自分はどうして信じなかつたのだらう

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