冬の窓

永井荷風

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作曲家××××氏のために 降る雨にさそはれて木の葉散る。 木の葉ちりては散りしく上に そゝぎてやまぬ雨のこゑ。 ふと聞きとれてともし火も ともし忘れし冬の窓。 宵闇の底に埋れて唯ひとり さまたげられぬおもひいで。 したゝる雫の音につれて ほしきまゝなる物おもひ。 誰にかたらむ誰にや告げむ 思出のこのさびしさと楽しさを。 そはバルコンの夕やみに ふたり手をとり寄添ひて 眺めあかしゝ町はいづこぞ。 橡の木の間にきらめく燈火 車のゆきき人のかげ。 わかかりし其頃は二人とも。 町の灯の赤き光は燃る血潮。 車のひゞきは轟く胸の波。 広場をわたる河風に 花壇の花の香たゞよひて かすかに聞ゆる糸のしらべ。 Harmonie de soir 暮方の楽の音 Valse melancolique Langoureux vertiges かなしきワルス くるめきのつかれ。 かの人は南のはて わが身は東のはづれより 藝術の道をまなぶべく ふるさと遠き西の空。 あこがれし都の旅寝。 理想は高し雲雀と共に 晴れわたる春の空。 希望はかゞやく秋の夜の 星のかずにも増りしに。 一夜たちまち浮世のあらし。 渡鳥さへわたらぬ先に 涙の雨にたゞよひて わかれわかれの岸の上。 絶望の沙漠にオワシスの影はなし。 無言の山はおごそかに掟の如く聳えたり。 三とせは過ぎぬ。 あるにかひなきわれは今 世のならはしに縛られて こゝろは二ツ 身はいつはりのよそほひに 月日しづけき家のなか。 ふと聞く雨や風の声 宵闇の窓にたゝずみて 屋根の海原並木の雲 町の火影をのぞみ見て 過ぎこし方の思出 ひそかに耽る物おもひ。 誰にかたらむ誰にや告げむ 思出のこのさびしさと楽しさを。

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