夏と悲運

中原中也

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

とど、俺としたことが、笑ひ出さずにやゐられない。 思へば小学校の頃からだ。 例へば夏休みも近づかうといふ暑い日に、 唱歌教室で先生が、オルガン弾いてアーエーイー すると俺としたことが、笑ひ出さずにやゐられなかつた。 格別、先生の口唇が、鼻腔が可笑しいといふのぢやない、 起立して、先生の後から歌ふ生徒等が可笑しいといふのでもない、 それどころか、俺は大体、此の世に笑ふべきものがあらうとは思つちやゐなかつた。 それなのに、とど、笑ひ出さずにやゐられない。 すると先生は、俺を廊下に立たせるのだつた。 俺は風のよく通る廊下で、随分淋しい思ひをしたもんだ。 俺としてからが、どう反省のしやうもなかつたんだ。 別に邪魔になる程に、大声で笑つたわけでもなかつたし、 それにしてもだ、先生がカン/\になつてたことは事実だし、 先生自身何をそんなに怒るのか知つてゐぬらしいことも事実だし、 俺としたつて意地やふざけで笑つたわけではなかつたのだ。 俺は廊下に立たされて、何がなし、「運命だ」と思ふのだつた。 大人となつた今日でさへ、さうした悲運はやみはせぬ。 夏の暑い日に、俺は庭先の樹の葉を見、蝉を聞く。 やがて俺は人生が、すつかり自然と遊離してゐるやうに感じだす。 すると俺としたことが、とど、笑ひ出さずにやゐられない。 格別俺は人生がどうのかうのと云ふのではない、 理想派でも虚無派でもあるわけではない。 孤高を以て任ずるなどといふのぢや尚更ない。 しかし俺としたことが、とど、笑ひ出さずにやゐられない。 どうして笑はざゐられぬか、実以て俺自身にも分らない。 しかしそれが結果する悲運ときたらだ、いやといふほど味はつてゐる。 (一九三七・七・一二)

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品の表現や構成を検討し、根拠を示しながら評価・講評する場所です。

まだ批評・講評はありません。

夏と悲運の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

夏と悲運に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる