首
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雨が降つてゐる
私の同心異體は何を聽いてゐるだらう
彫刻家T氏のアトリエに私の未完成な首は殘されてゐる
それはまだ素材の油土に
大きな指の跡を劃して造形の搖籠の中に半ば眠つてゐるが
地球の圓心から來る誘惑と同じやうなものが
默默としてかたまり 現實の空間に臨んでゐる
かしこに遠いT氏のアトリエに
私の別な魂は生れたばかりの柔かさで何を聽いてゐるだらう
私はかれの存在の全部を
中には鉛管をたくねたもののはひつてゐる不思議な物質を
高い廻り臺の上に載せられた土の全質量を
自分自身の血と肉のやうに愛してゐる
それどころかいま私は
むかふの存在の中により多く生きてゐるのではないか
私は考へる ほほゑむ 口元を引締める
私は默默として語らない土であり
アトリエの上に落ちる雨の音を聞いてゐる
そして遠くに彫刻家T氏の重い足音を知る
それが私なのだ
そしていま私は手と足と胴との爲に別な私となつて
遙か達し得ない私を想ふ
私が虛無になり 遍在し 萬有の根源に到達したとき
私は完全に一塊の土であり また一滴の雨となつて
ありとある生活の戶口に訪れるだらう
私は路傍を吹く風であり
銳い觀照の中に愁ひを疊んだ巨人の瞳の中に生きる
雨が降つてゐる
T氏のアトリエではソフアの後の黄色い引幕
それは澤山の人人の肌の香を吸ひ込んでだらりと下つてゐる
ずつと昔のギリシャ時代の瓶の蓋から洩れて來るやうな靜寂
臺の上にはロダンの腕が冷たくころがつてゐる
まだこの春以來 火を焚かれないストーブやその灰落し
セザンヌの自畫像は澤山のキャンバスに蔽はれて見えない
梁の上を鼠が駈けて行つた
私の首は交錯する陰翳の中に 山の峽にあるやうな諧調の中に
白い布を被つて默してゐる
私は雨の音についてそのアトリエにはひつて行く
そしてその白い布をとつて額となり鼻となり口となる
そこで私の風貌は五年間飛躍する
吹雪を切る鷲の翼に乘つて性と種族と習慣とを突破する
ああ 彫刻家T氏の蛾のやうな眉の下から躍り出した奇蹟
その太い指の關節と關節との間から搏つて來るぬくみ
それが土の上に土を重ねた奧深いところで生命の根をおろす
私は完全に把握され 彼の最高の理想の上に花咲く
私は彫刻家T氏がアトリエに續く廊下をどしどしと踏んで行く見えない影を
地球の圓心で感ずる
雨はほのかに煙り どこか優しい女の寢息が
ごくこまかく方方のカーテンにリズムを送つてゐる
かうした秋の夜中に 黑いビロードのやうな沈默の中に
私の首は到達し得ない私を待つてゐる
五年間の飛躍を默想してゐる
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