散文詩白痴アンリー・ルーソー
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誰がこの幅広い道路を真直に歩行する馬鹿者が居るか、恐らくは皆なよなよとした感情の通行で路傍のハモニカにも耳を傾けるロマンティストの幌馬車に乗つた青白い紳士の群ではないかあの愚鈍なる馬鹿者、仏蘭西の税関吏アンリ、ルーソーの足つきの真似が出来るか灰色の純情を押しとほした歩行の匂ひでも嗅いで見ようとする悪人が一人でも居るか。評価された人間の相場は、装飾された花電燈の青と赤のイルミネイションのうすぺらな燐光に眩惑されて墓場に生えたぺんぺん草の僅な一片より価値もない安物の陶器ぢやないか、誰も彼もみんな新しい洋服を脱ぎ捨て素ッ裸で街の炎天に立つて見ろ、ルーソーのやうな真剣な歩行を続けてみろ俺達も君等も硝子屑を踏んだ足の裏から真赤な鮮血も流れ出ない不純に枯れきつた肉体ではないかもう取り返しの出来ない出産ではないか、まことに彼は真剣な馬鹿者であり愚鈍なる白痴であらうが私は彼の芸術に奥深き真夜中の凝視と原始林のトヲメイなる思索または静かなる冥想の現実を発見しまたなく共鳴と思慕の讃辞を惜しまない、雨の如く閑寂に暴風雨のごとく静止に描き出されたルーソーの芸術こそは我等変態なる人間、ぺらぺらの畸形児にはあまりにも激しき鉄槌の肝銘であり、恐怖であるのだ。彼を現実と幻影をしらない記憶と現在との差別を忘れた白痴と思ふのは間違ひだ、彼は赤裸に生長した精虫のやうにあまりに痛々しく人生を知りあまりにも可憐に現実の姿を見る苦労人でこのかくれたる敏感な表現はいたましいほどの弱々しい人間、ただ鈍重は真直な通路を歩みつゞける偉大なる感情の忍苦者である。我等はこの地上に讃歌を捧げ大いなる白痴者の足跡に礼拝しルーソーの広き自画像の額に接吻しいづこか自然の一角を凝視する鈍重に澄める瞳の洗礼をうけよ、苦悩は路傍の樹木に発生したる雑草の芽にはぐくまれ黒き冬空の単色にみいだすやうに、思索はルーソーの愚鈍に白痴に、またアンリー、マティスの単純に潜まれてゐるのだこの我等現実の華やかになやましい管絃楽の思索を拾ふよりも何処か手近な場末の幽暗の中から聞えてくる笛の音を拾ひ給へ。
あゝ我々若き思索者よこの水底にひそまれる青銅の壺はさんとして光輝を放つ愛人、我等が救ひ手を待つ思慕者、ともすれば忘れがちなる霧のやうなる対照のなかにこそ我等がのぞむ思索がありアンリー、ルーソーのなまぬるき白痴のごとき冥想のなかにこそ蒼白な激情に燃える火のごとき苦悩のひそまれることを。 一九二四・二
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