聖書は私の母でない
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わたしが激しい憤りに
みぶるひを始めるとき
それはあらゆる「自由」獲得の
征途にのぼつたときだ
その時、私は不謹慎でなければならない
不徳でも
また貪慾でもなければならぬ
これらの悪い批評を歓迎する
下僕共は主人の規律を守らうとして
あらゆる既存の調和と道徳を愛する
『人間が犯し得る、あらゆる不善は
いづれも皆、公然と聖書に
記されたるもののみならずや』
――ウィリアム、ブレーク――
聖書もまた喰ひたりない
私が犯す不善は
聖書の中に書いてないから
聖書は私の母ではない
彼は私を抱き緊めることができない
歴史はまだまだ聖書に
かかれてゐない偉大な不善を
われわれの手によつて犯すだらう
然もその不善は
あくまで独創的な
プロレタリアートのそれである。
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