自分は見た(『自分は見た』収録・同題第2篇)
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自分は見た。
とある場末の貧しき往來に平行した下駄屋の店で
夫は仕事場の木屑の中に坐り
妻は赤子を抱いて座敷に通るあがりかまちに腰をかけ
老いたる父は板の間に立ち
凡ての人は運動を停止し
同じ思ひに顏を曇らせ茫然として眼を見合して居るのを
その顏に現はれた深い痛苦、
中央にありて思案に咽ぶ如き痛ましき妻の顏
妻を頼りに思ふ如く片手に削りかけの下駄をもちて
その顏を仰いだる弱々しき夫の顏、
二人を見下ろして老いの愛情に輝く父の顏
無心に母の乳に食ひつく赤兒の顏
その暗き茫然として自失したる如き光景を自分は忘れない。
それを思ふ度びに涙が出て來る。
何事のありしかは知らず
されど自分は未だかゝる痛苦に迫つた顏を見し事なし
かゝる暗き光景を見し事なし
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