我儘な男
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寺の前の石塔のかげに彼は眠つて居た。
冬の夜更けに
彼は晝間の間其處で本を賣つて居て冷えこんで動けなくなつた。
彼は梅毒を患つて居た。
彼は商品を包んだふろしき包みを枕にして地の上へ眠つた。
一人の青年が近づいて彼の容體を聞いて
金を與へるから馬車に乘つてかへるか
酒を飮んで暖をとつたらとすゝめた。
彼は青年の近づくのを待つてゐた樣に
藁を買つて來てくれと卒直に頼んだ。
彼は動く事は出來なかつた。
青年は町を走つて行つた
丁度今戸を閉めようとする米屋へ行つて藁を賣つてくれと云つた。
米屋には藁がなかつた。
青年は困つた。
道の上に立つて見廻すと皆んなどこの家も戸をしめてゐた。
青年は彼のところへ引返して
「藁がないが如何したらいゝだらう」と云つた。
彼は「無い筈がないそんな藁一枚ない筈がない、嘘だ」と云つた。
青年は困つた。辯解した。
彼は「構つて下さるな、向ふへ行つて下さい、
藁が無い筈がありますものか、たつた一枚二錢か三錢の藁が、
どこの米屋に行つてもあります。」と云つた。
青年は默つて立つて居た。
側から近づいた女が
「この方は本當に藁を探しに行つて來て下さつたのですよ」
と云つた。
彼は聞き入れなかつた。
地の上に眠たまゝ動かずに何かブツブツ云つた
少し醉つた書生が近づいて「我儘を云ふものでは無い」と説いた。
彼は襲ひかゝる寒さと睡魔の中から
「金を遣るの、酒を買つてのめの、藁が無いのと皆んなうそだ。
ちやんと解ります、本當に氣の毒だと思つて云つてくれる人の言葉は
私には解ります、皆出はうだい云つてゐる。金を遣るなら、何故、
明日にも困るから、何かの足しにしてくれと云ひなさらないのだ。
皆んな嘘だ」と云つた。
青年は二十錢紙幣を手に握つてふるへた。
「贅澤云ふな、醉拂ひかもしれない、構はん方がいゝです」
と書生は云つた。
「あれは本當の事を云つてゐる。あれは本當だ。」
と青年は口に出さなかつたと思ふ程心の中では強く、
口では小さく云つた。
然うして金を手の内に握つた儘、渡す事が出來なかつた。
そこへどこかから一枚の藁を女が引ずつて來て
「これ切りないのだから之で堪忍して下さいよ」と云つた。
彼の男は禮を云つた。
然うして足の方が寒いから足の方へかけてくれと云つた。
女はその通りにした。
「贅澤な奴」と書生は苦笑した。
彼はもう默つてしまつた。落着いて眠る樣に
然うして皆んな去つた。
青年もプイと去つた、心が變つた樣に
然し青年の胸には彼の云つた言葉や動作が殘つた
その切れ/″\のふるへ聲が殘つた
彼にはあゝ云ふ權利があるのかと青年は考へた
自分を貧乏の書生と思つてあゝ云つたのか
彼には本當の事がわかるのだらうか、
然う思つて青年は恥づかしい氣がした
然うして未練に責められ乍ら
ふと晴れ渡つた空を見て
「地面の方が人間より暖いだらうな」と云ふ考へが浮んだ。
青年は彼の言葉を思ひ出す度びに涙ぐんだ
自分の不甲斐なさを感じた。
彼の卒直な我儘は自分の餘裕のある慈善心より本當だと思つた。
彼は本當の事を教へてくれたと思つた。
(一九一八、三、二七)
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