夕刊賣

千家元麿

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十一月のびつしりと凍えた夜 街の四辻に女は新聞を賣る 彼女の脊中には三つ位の小供が掻卷にくるまつて、 小さな頭のうしろだけ露はに晒し出して、 顏を脊中にうづめて居る。 女はうろ/\と電車道を突切つたり 彼方へ行き、此方へ走る。心も體もいそがしい、 脊中では凍えて小供は夢路を辿る。 霜の下りたその頭は星のやうに輝いて見える 女は走る。買つて呉れ手が無いかと眼を四方に配る。 然うしてしきりなしに叫ぶ。泣くやうに叫ぶ。 道で主人にはぐれた犬のやうに、 人さへ見ればかけ出す。 あつちへ迷ひ此方に走り寄る。 着物を通す寒さも忘れて 氣違ひのやうに夜ぴて行つたり來たりしてゐる。 小供の首は母の頭のうしろから走る度びにうなづいてゐる。 時々眼をさますと顏をつき出して、寒い不思議な世界を見る。 その中を氣違ひの樣に母は走つてゐる。自分も走つて居る。 彼は男の子だ。 おとなしい顏をした目の利こうさうな男の子だ。 彼は母親の走るのを見て居る。母親は話しかけてくれないから 自分も默つて居る可きものと思つて默つて居る。 何の爲めに毎晩かうして 寒い中を母親が走るのか、彼は未だ知ら無い。 時々男の人が母親の前に立つて何か話して行つてしまふのを見る。 彼はその人を見送る。いゝ人なのだらうと思ふ。 輝いた電車を見る。行きすぎる人を見る。星を見る。 飽きてしまふと顏を脊中に埋める。そこは少しはいゝ具合に暖い。 もぐれるだけもぐる。頭のてつぺんが寒い。 然し彼はその搖れる脊中の上で眠る。 三枚一錢、三枚一錢と云ふ母の叫ぶ聲と、 何だかわからない大きな火の燃えるやうなごう/\云ふ夜の子守唄を聞き乍ら 幸福さうにねむる。腹も未だ減らないし、小便も出度くないから。 さうして夜ぴて母と小供は走るのだ。 三枚一錢、三枚一錢……しつきりなしに走るのだ。 電車は來ては止り、行つてしまふ。 夜はごう/\唸つて更けて行く。 それから疲れ切つた母と子とはどこかへ歸つてゆく 小供は今度は母に話しをかける事が出來る。笑ふ事も出來る 二人は話し乍ら歸つてゆく。小供は笑ふ。いゝ聲で笑つて。 四邊を響かせ乍ら、彼等は家へかへつてゆく。 (一九一七、一、二夜)

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