合唱

島崎藤村

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一 暗香 はるのよはひかりはかりとおもひしを     しろきやうめのさかりなるらむ   姉 わかきいのちの     をしければ やみにも春の     香に醉はむ せめてこよひは     さほひめよ はなさくかげに     うたへかし   妹 そらもゑへりや     はるのよは ほしもかくれて     みえわかず よめにもそれと     ほのしろく みだれてにほふ     うめのはな   姉 はるのひかりの     こひしさに かたちをかくす     うぐひすよ はなさへしるき     はるのよの やみをおそるゝ     ことなかれ   妹 うめをめぐりて     ゆくみづの やみをながるゝ     せゝらぎや ゆめもさそはぬ    香なりせば いづれかよるに     にほはまし   姉 こぞのこよひは     わがともの うすこうばいの     そめごろも ほかげにうつる     さかづきを こひのみゑへる     よなりけり   妹 こぞのこよひは     わがともの なみだをうつす     よのなごり かげもかなしや     木下川に うれひしづみし     よなりけり   姉 こぞのこよひは     わがともの おもひははるの     よのゆめや よをうきものに     いでたまふ ひとめをつゝむ     よなりけり   妹 こぞのこよひは     わがともの そでのかすみの     はなむしろ ひくやことのね     たかじほを うつしあはせし     よなりけり   姉 わがみぎのてに     くらぶれば やさしきなれが     たなごゝろ ふるればいとど     やわらかに もゆるかあつく     おもほゆる   妹 もゆるやいかに     こよひはと とひたまふこそ     うれしけれ しりたまはずや     うめがかに わがうまれてし     はるのよを 二 蓮花舟 しは/\もこほるゝつゆははちすはの     うきはにのみもたまりけるかな   姉 あゝはすのはな     はすのはな かげはみえけり     いけみづに ひとつのふねに     さをさして うきはをわけて     こぎいでむ   妹 かぜもすゞしや     はがくれに そこにもしろし     はすのはな こゝにもあかき     はすばなの みづしづかなる     いけのおも   姉 はすをやさしみ     はなをとり そでなひたしそ     いけみづに ひとめもはぢよ     はなかげに なれが乳房の     あらはるゝ   妹 ふかくもすめる     いけみづの 葉にすれてゆく     みなれざを なつぐもゆけば     かげみえて はなよりはなを     わたるらし   姉 荷葉にうたひ     ふねにのり はなつみのする     なつのゆめ はすのはなふね     さをとめて なにをながむる     そのすがた   妹 なみしづかなる     はなかげに きみのかたちの     うつるかな きみのかたちと     なつばなと いづれうるはし     いづれやさしき 三 葡萄の樹のかげ はるあきにおもひみたれてわきかねつ     ときにつけつゝうつるこゝろは   妹 たのしからずや     はなやかに あきはいりひの     てらすとき たのしからずや     ぶだうばの はごしにくもの     かよふとき   姉 やさしからずや     むらさきの ぶだうのふさの     かゝるとき やさしからずや     にひぼしの ぶだうのたまに     うつるとき   妹 かぜはしづかに     そらすみて あきはたのしき     ゆふまぐれ いつまでわかき     をとめごの たのしきゆめの     われらぞや   姉 あきのぶだうの     きのかげの いかにやさしく     ふかくとも てにてをとりて     かげをふむ なれとわかれて     なにかせむ   妹 げにやかひなき     くりごとも ぶだうにしかじ     ひとふさの われにあたへよ     ひとふさを そこにかゝれる     むらさきの   姉 われをしれかし     えだたかみ とゞかじものを     かのふさは はかげのたまに     手はふれで わがさしぐしの     おちにけるかな 四 高樓 わかれゆくひとををしむとこよひより     とほきゆめちにわれやまとはむ   妹 とほきわかれに     たへかねて このたかどのに     のぼるかな かなしむなかれ     わがあねよ たびのころもを     とゝのへよ   姉 わかれといへば     むかしより このひとのよの     つねなるを ながるゝみづを     ながむれば ゆめはづかしき     なみだかな   妹 したへるひとの     もとにゆく きみのうへこそ     たのしけれ ふゆやまこえて     きみゆかば なにをひかりの     わがみぞや   姉 あゝはなとりの     いろにつけ ねにつけわれを     おもへかし けふわかれては     いつかまた あひみるまでの     いのちかも   妹 きみがさやけき     めのいろも きみくれなゐの     くちびるも きみがみどりの     くろかみも またいつかみむ     このわかれ   姉 なれがやさしき     なぐさめも なれがたのしき     うたごゑも なれがこゝろの     ことのねも またいつきかむ     このわかれ   妹 きみのゆくべき     やまかはは おつるなみだに     みえわかず そでのしぐれの     ふゆのひに きみにおくらむ     はなもがな   姉 そでにおほへる     うるはしき ながかほばせを     あげよかし ながくれなゐの     かほばせに ながるゝなみだ     われはぬぐはむ

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