おさよ

島崎藤村

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潮さみしき荒磯の 巖陰われは生れけり あしたゆふべの白駒と 故郷遠きものおもひ をかしくものに狂へりと われをいふらし世のひとの げに狂はしの身なるべき この年までの處女とは うれひは深く手もたゆく むすぼゝれたるわが思 流れて熱きわがなみだ やすむときなきわがこゝろ 亂れてものに狂ひよる 心を笛の音に吹かむ 笛をとる手は火にもえて うちふるひけり十の指 音にこそ渇け口脣の 笛を尋ぬる風情あり はげしく深きためいきに 笛の小竹や曇るらむ 髮は亂れて落つるとも まづ吹き入るゝ氣息を聽け 力をこめし一ふしに 黄楊のさし櫛落ちにけり 吹けば流るゝ流るれば 笛吹き洗ふわが涙 短き笛の節の間も 長き思のなからずや 七つの情聲を得て 音をこそきかめ歌神も われ喜を吹くときは 鳥も梢に音をとゞめ 怒をわれの吹くときは 瀬を行く魚も淵にあり われ哀を吹くときは 獅子も涙をそゝぐらむ われ樂を吹くときは 蟲も鳴く音をやめつらむ 愛のこゝろを吹くときは 流るゝ水のたち歸り 惡をわれの吹くときは 散り行く花も止りて 慾の思を吹くときは 心の闇の響あり うたへ浮世の一ふしは 笛の夢路のものぐるひ くるしむなかれ吾友よ しばしは笛の音に歸れ 落つる涙をぬぐひきて 靜かにきゝね吾笛を

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