小雀と桂女
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一
別れた人に會ひたさに、
今日も野へ來た桂女は、
路の瑞樹の葉がくれに、
聞きこそすませ、美し音の
さつさ、いよこの、
小雀女。
二
『やをれ小雀女、人の子は
思ひしをれて嘆く世を、
其方はひとり心安に、
咏め聲してさへづる。』と、
さつさ、いよこの、
桂女。
三
『あいな頼みの世に倦みて、
夜を泣き濡れた身ならでは、
鳥の咏める靜歌の
小野の調べは淡かろ。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
四
『いく夜をひとり泣き濡れた、
小野の尼とは知るまいし、
日のしづけさを木がくれに、
むかし語りに耽りやれ。』
さつさ、いよこの、
桂女。
五
『曾ては、深き青山の
老木の枝の巣ごもりに、
つがひの雛を羽ぐくみて、
夫を待ちゐた日もそろ。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
六
『夫は巣立の子もつれて、
深山つぐみの來ぬひまを、
老の峠の切畑に、
黄金覆盆子や摘みやる。』と、
さつさ、いよこの、
桂女。
七
『ひと日樹の實を啄ばむと、
谿のまほらへ降りたまま、
山の嫗の蠱ものに、
夫は迷ひてかへらぬ。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
八
『さては童男と魅されて、
隱れの宮に、しろがねの
手瓶や日毎たづさへて、
蠱の眞名井も掬むやら。』と、
さつさ、いよこの、
桂女。
九
『明けたひと日を夫どひに、
野にまた山に鳴いて來りゃ、
巣は覆されて、驕だれの
鳴音はまたも聞かれぬ。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
一〇
『さても憂事、強ゐられの
重荷に小附、――葉がくれに、
母の居ぬ間を、蝮の
窺覗ひ來たすさびや。』と、
さつさ、いよこの、
かつら女。
一一
『ひとり居馴れた木をおりて、
み山の谿に落ちゆくに、
尾羽は憂身をさへぎりて、
またあり※く、わが世に。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
一二
『天ゆくからに、險路にも
打たざなるまい羽搏とは、
さても相似た人の身の
もてなやましの心に。』と、
さつさ、いよこの、
かつら女。
一三
『はては山へは歸るまい、
野こそは吾家、また墓と、
國原めぐる鶉立ち、
旅の八百日の寂しさ。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
一四
『知らぬ遠方のさすらひは、
路さまたげも多かろに、
さても事無に世をし經て、
春を野木にも囀る。』と、
さつさ、いよこの、
かつら女。
一五
『ひと日木原に往き合うた、
小野の兄姫にとめられて、
あすは檜の小林に、
今も巣こそは營め。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
一六
『さは許されの事榮に、
夢か、『往時』は。今もはた
牧の小笛にしのびては、
嘆きやるかの、さすがに。』と
さつさ、いよこの、
かつら女。
一七
『されば御空のたたずまひ、
野のあけくれを見知るほど、
心いられは調ひて、
昨日には似ぬ心地や。』と
さつさ、いよこの、
小雀女。
一八
『さては、搖えた當時の
魂のたゆたひ和ぎしづむ
眞澄の今のしづけさに、
見やるは何か、新に。』と、
さつさ、いよこの、
かつら女。
一九
『まだうら若いこの世には、
健か心いそしみて、
嘆きの鈍衣を脱ぎすべし、
あなたの空へ外寄るに。』と、
さつさ、いよこの、
小雀女。
二〇
鳥のさとしは然りながら、
なほ下心どこやらに、
うけひき難い心地して、
今は別れた、野の路を。
さつさ、いよこの、
かつら女。
白羊宮 畢
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