おもひで

薄田泣菫

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春の夜はしづかに更けぬ、 はゆま路の並木のけぶり、 箱馬車は轍をどりて、 宮津より由良へ急ぎぬ。 朧夜の窓のあかりに、 京むすめ、難波商人、 朽尼や、切戸まうでや、 人の世の旅の道づれ。 物がたり吹呿まじりに、 眠り目のとろむとすれば、 誰が子にか、後のかたに をりからの追分ぶしや。 清らなる聲ひとしきり、 谿あひのささら水なみ、 咽び音に響きわたれば、 乘合はなみだこぼれぬ。 月落ちて闇の夜ぶかに、 箱馬車は由良へとどきぬ。 客人は車をおりて、 西東みちに別れぬ。 その後やいく春經けむ、 おほ方は夢にうつつに、 忍びてはえこそ忘れね、 由良の夜の追わけ上手。 その子今何處にあらむ、 思ひ出の清きかたみや、 人々のこころに生きて、 とことはに姿ぞわかき。

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