鈴蘭の歌
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一
『深山樒の小枝にも、
花はほのかにくゆる日を、
日雀、日雀女、そなたには、
母御が無いか、子が無いか、
何故に色音の濕るや。』と、
さつさ、いよこの、
小木曾女。
二
『母も知らねば、子も有たぬ、
たつた一人の夫鳥を、
鷹にとられた日の初め、
歌の若えは忘られた、
孀の鳥の身ぢやまで。』と、
さつさ、いよこの、
日雀女。
三
『雀がくれの狩塲に、
黄脚鴫もや裏ぎりて、
さは囚はれの、――日の後は、
野木の古巣のおもひでに、
泣き濡れてのみ過すや。』と、
さつさ、いよこの、
小木曾女。
四
『夫に別れたまたの朝、
餘り戀しさ、會たさに、
黄櫨の木立の山ごえを、
鷹師のもとに訪れて、
許されもこそ嘆いたに。』
さつさ、いよこの、
日雀女。
五
深山の鳥も、悲しびの
酒甕に釃むしたたりに、
醉はざなるまい術なさか、
いづれは若い身の性の、
さても相似た宿世や。』と、
さつさ、いよこの、
小木曾女。
六
『鷹師の君の言やるには、
幸は市女にひさがれて、
肴にもこそなれ、其方には
代やまゐろと、啄ばみに
やがて取せた草の實。』と、
さつさ、いよこの、
日雀女。
七
『深山姥の使ひ姫、
鷽が落した蠱の實の
粒のひとつや含まれて、
野木の叉枝の巣ごもりに、
芽ぐむや、禍の妖惑。』と、
さつさ、いよこの、
小木曾女。
八
『狐にかくれて、切畑の
片日向にもおろしやれ、
木の葉ごろもの山姫の
袖をこぼれた實ぢやまでに、
あり慰めにまゐらす。』と、
さつさ、いよこの、
日雀女。
九
『草くだものの償ひに、
秋のとまりの神無月、
末枯を小野に齎らする
『日』は、鈍の葉もはぐくみて、
咲いたか、花の忘れぐさ。』
さつさ、いよこの、
小木曾女。
一〇
『山した小野は、羅漢松の
老木のもとに實を蒔いて、
花のしづくに濕すまに、
芽生は日日に羽を伸して、
やをら生ひ出た、鈴蘭。』と、
さつさ、いよこの、
日雀女。
一一
『あな憂と見たは、山姫の
心しらひの戯れか、
小木曾をとめの身柄には、
また見るものか、鈴蘭の
名は幸福のよみがへり。』
さつさ、いよこの、
小木曾女。
一二
『木の叉枝に俯居して、
日にまた夜の齋戒に、
つと幻のほのめいて、
白よそほひの郎姫、
花は笑みそろ、一の花。』
さつさ、いよこの、
日雀女。
一三
『ああ、よみがへる歡喜の
日の前申し、鈴蘭の
ひとつびとつの花びらに、
黄金の文字も見やらぬか、
『あり待つ戀の齋戒』。』と、
さつさ、いよこの、
小木曾女。
一四
『待よろこびや、またの日は、
紅顏をとめの曙が、
山した小野の朝踐に、
玉裳のすその香にしみて、
花は咲きそろ、二の花。』と、
さつさ、いよこの、
日雀女。
一五
『また笑みそめた垂り花の
麻の葉形のくちびるに、
天の釃酒を味甞めて、
聞きやらぬかの、囁きを、
『齋はる戀の淨まり』。』と、
さつさ、いよこの、
小木曾女。
一六
汲むにまかせた大甕の
深げの世かな、あり掬ぶ
辱なさにさしぐみて、
あり木の枝の葉がくれに、
今日もこそ待て、三の花。』
さつさ、いよこの、
日雀女。
一七
『ひたぶる心――汝が眼には、
花は天路の熒惑星
明日は莖葉の三の座に、
巖のひかりも見るわいな、
『淨まる戀のゆるされ』を。』
さつさ、いよこの、
小木曾女。
一八
『花を待ちみる事榮に、
さこそは齋へ、ともすれば
青水無月の小野の香に、
むかしの夢のうらびれて、
古巣を見てはさしぐむ。』と、
さつさ、いよこの、
日雀女。
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