禍の鷺脚

薄田泣菫

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夕づつは青にともりぬ、 くだり闇、闇のもなかに、 姥鷺は鳴く音たゆげに、 夕まよひ水沼におりぬ。   片びさし、草家のかくれ、   ほのかにも夕顏咲けり。 産土の祭は暮れぬ、 賤が家の厨には、いま 助枝窓ほのにあからび、 夕餐の宴ひらきそむらし。   興津姫せはしなの夜や、   夕顏は闇にしらみぬ。 戸は開きぬ、――つと片あかり、―― 販ぎ女はかくれつ闇に。 ひしひしと跳火はしりて、 寄鍋の泡咲くけはひ。   なまぬるの風に搖えて、   夕顏の香はしめらひぬ。 戸は閉ぢぬ、――はた下り闇、 煑えこぼる味噌汁の香や、 紫蘇醤、濁酒の氣に、 熱じめる家内は蒸しぬ。   夕づつの往ぬるを傷み、   夕顏のまみはうるみぬ。 窓につと火影うごきぬ。 厨には小皿のひびき、 弟むすめ、笑みのな白みに、 醉ごゑの濁もまじりぬ。   心安の日にはありきと、   夕顏は昨日を思ひぬ。 夕まよひ、六部のひとり、 足惱みて外面を過ぎつ。 闇は、いま盜食むさまに、 干割戸に爪だちよれり。   童女さび、つとうなだれて   夕顏はまた吐息しぬ。 薄あかり弱くあをちて、 㸅のこぼるるけはひ。 童泣き、かつくぐもりて、 添乳する母も寢伸びぬ。   惡き日の占も知るかに、   夕顏はえこそ落ち居ね。 戸閾の鼠や、――さながら うつ空の墓のしづけさ。 窓ぢかに偸立つ『禍』の 鷺脚のひびきも聞かめ。   音もなき蚋子のふめきに、   夕顏は呻吟びぬ、低に。 ほとほとと訪ふけはひ、―― 㸅はまたもこぼれぬ。 ほくそ笑み、――娘のひとり 寢おびれてかつしづまりぬ。   わななきて瘧するかに、   夕顏はつとこそ萎め。 ほとほとと訪ふけはひ、―― 童泣き、――母は寢ざめぬ。 ふと海の吾子をおもひて、 物怖に胸こそさわげ。   夕顏の花はくづれて、   香のみ殘りぬ、弱に。

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