不思議なサーカス
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病室へ来る見舞い客は
だれでも、口のところに口があり
鼻のところに鼻があり
眼のところに二つの眼がある
当り前とは言え不思議である
悲しみとのつきあいに私はあきた
当り前すぎるつきあいがいやになった
そのためこんな当り前でないことを考えるのか
人間の顔はどうしてこうみんな当り前なのだ
眼が一つで口が二つの人間はいないのか
当り前でない死 あるいは殺人
不思議でない殺人 あるいは死が
今どこかで行われていることを考える
私のガンはそのいずれに属するか
私という人間が死ぬのに不思議はないが
私のガンは当り前でない殺人とも考えられる
私もさんざいろんなことをしてきたが殺人は
不思議でないそれも当り前でないそれもいずれもしていない
人を殺すことのできなかった私だから
むしろ不当に殺されねばならぬのか
私に人殺しはできぬ
しかし自分を殺すことはできそうだ
ほとんどあらゆることをしてきた私も
自殺だけはまだしていない
自殺の楽しみがまだ残されている
どういうふうに自殺したらいいか
あれこれ考える楽しみ
不思議な楽しみに私はいま熱中している
当り前でない楽しみだが
私にとっては不思議でない楽しみだ
病室の窓にわたした綱に
悲しみが
ほし物バサミでつるされている
なんべんも洗濯された洗いざらしの悲しみが
ガーゼと一緒にゆれている
ガーゼよりももっと私の血を吸った悲しみ
私はいま手に入れたばかりの楽しみを
あの悲しみのように手離すことを
ここしばらくは決してすまい
それは手離しがたい楽しみだからでもある
あらゆることをしてきた私は
いろいろの楽しみの思い出がある
玉の井の女にほれてせっせと通ったのは二十いくつの時だったか
あれは今から思うと悲しみを買いに行ったようなものだ
楽しみと思っていたものがすべて
実は悲しみだったとも考えられる
今度こそほんとの楽しみだ
自殺を考えることが
悲しみでなくほんとの楽しみであるようにするために
不思議な自殺法をあれこれと考えよう
私の友人は何人かすでに自殺している
思想に破れ首つりをした友人小沢
私たちの心を暗くした悲惨な自殺だった
奇型みたいに頭でっかちの男だった
自分の独特さ非凡さを誇るために
ひとのできない自殺をしてみせた友人久木村
軍人の息子でびっこだった
これは惨めな自殺でなかったとは言え
自殺の方法は独特ではなかった
独特でなくてもせめて不思議な方法はないか
窓ガラスをぶちこわし
黒いカラスの群を呼び入れようか
鞭を鳴らして実験用の犬どもを
サーカスの白い馬のように
窓をくぐらせこの部屋に闖入させようか
もはや鞭をして私自身を鞭打つことに使わせてはならぬ
狂乱の犬をぞくぞくと走りこませ
屍肉をついばむカラスと一緒に
私の自殺と一見関係がないような
不思議なサーカスをやらせたら面白いが
人生がすでに不思議なサーカスだ
人生のサーカスは誰の場合もすべて
不思議な人生でも当り前の人生でも死をもって閉じられる
そこにサーカスのような拍手はない
不思議な自殺で私は拍手をもとめようとしているのか
当り前でない死を自分でそうして慰めようとしているのか
耳が左右二つでもそれで人間の耳であるように
殺人といえどもその死はすべてひとつの当り前の死なのだ
当り前の死になってしまう前に
せめて自殺の楽しみをひとりで楽しまねばならぬ
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