或る日の記

高村光太郎

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水墨の横ものを描きをへて その乾くのを待ちながら立つてみて居る 上高地から見た前穂高の岩の幔幕 墨のにじんだ明神岳のピラミツド 作品は時空を滅する 私の顔に天上から霧がふきつけ 私の精神に些かの条件反射のあともない 乾いた唐紙はたちまち風にふかれて このお化屋敷の板の間に波をうつ 私はそれを巻いて小包につくらうとする 一切の苦難は心にめざめ 一切の悲歎は身うちにかへる 智恵子狂ひて既に六年 生活の試練鬢髪為に白い 私は手を休めて荷造りの新聞に見入る そこにあるのは写真であつた そそり立つ廬山に向つて無言に並ぶ野砲の列 昭和一三・八

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