墓標

峠三吉

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

君たちはかたまって立っている さむい日のおしくらまんじゅうのように だんだん小さくなって片隅におしこめられ いまはもう 気づくひともない 一本のちいさな墓標 「斉美小学校戦災児童の霊」 焼煉瓦で根本をかこみ 三尺たらずの木切れを立て 割れた竹筒が花もなくよりかかっている AB広告社 CDスクーター商会 それにすごい看板の 広島平和都市建設株式会社 たちならんだてんぷら建築の裏が みどりに塗った マ杯テニスコートに通じる道の角 積み捨てられた瓦とセメント屑 学校の倒れた門柱が半ばうずもれ 雨が降れば泥沼となるそのあたり もう使えそうもない市営バラック住宅から 赤ン坊のなきごえが絶えぬその角に 君たちは立っている だんだん朽ちる木になって 手もなく 足もなく なにを甘え なにをねだることもなく だまって だまって 立っている いくら呼んでも いくら泣いても お父ちゃんもお母ちゃんも 来てはくれなかっただろう とりすがる手をふりもぎって よその小父ちゃんは逃げていっただろう 重いおもい下敷きの 熱いあつい風の くらいくらい 息のできぬところで (ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ) やわらかい手が ちいさな頚が 石や鉄や古い材木の下で血を噴き どんなにたやすくつぶれたことか 比治山のかげで 眼をお饅頭のように焼かれた友だちの列が おろおろしゃがみ 走ってゆく帯剣のひびきに へいたいさん助けて!と呼んだときにも 君たちにこたえるものはなく 暮れてゆく水槽のそばで つれてって!と 西の方をゆびさしたときも だれも手をひいてはくれなかった そして見まねで水槽につかり いちじくの葉っぱを顔にのせ なんにもわからぬそのままに 死んでいった きみたちよ リンゴも匂わない アメダマもしゃぶれない とおいところへいってしまった君たち 〈ほしがりません…… かつまでは〉といわせたのは いったいだれだったのだ! 「斉美小学校戦災児童の霊」 だまって立っている君たちの その不思議そうな瞳に にいさんや父さんがしがみつかされていた野砲が 赤錆びてころがり クローバの窪みで 外国の兵隊と女のひとが ねそべっているのが見えるこの道の角 向うの原っぱに 高くあたらしい塀をめぐらした拘置所の方へ 戦争をすまい、といったからだという人たちが きょうもつながれてゆくこの道の角 ほんとうに なんと不思議なこと 君たちの兎のような耳に そぎ屋根の軒から 雑音まじりのラジオが どこに何百トンの爆弾を落したとか 原爆製造の予算が何億ドルにふやされたとか 増援軍が朝鮮に上陸するとか とくとくとニュースをながすのがきこえ 青くさい鉄道草の根から 錆びた釘さえ ひろわれ買われ ああ 君たちは 片づけられ 忘れられる かろうじてのこされた一本の標柱も やがて土木会社の拡張工事の土砂に埋まり その小さな手や 頚の骨を埋めた場所は 何かの下になって 永久にわからなくなる 「斉美小学校戦災児童の霊」 花筒に花はなくとも 蝶が二羽おっかけっこをし くろい木目に 風は海から吹き あの日の朝のように 空はまだ 輝くあおさ 君たちよ出てこないか やわらかい腕を交み 起き上ってこないか お婆ちゃんは おまつりみたいな平和祭になんかゆくものかと いまもおまえのことを待ち おじいさまは むくげの木蔭に こっそりおまえの古靴をかくしている 仆れた母親の乳房にしゃぶりついて 生き残ったあの日の子供も もう六つ どろぼうをして こじきをして 雨の道路をうろついた 君たちの友達も もうくろぐろと陽に焼けて おとなに負けぬ腕っぷしをもった 負けるものか まけるものかと 朝鮮のお友だちは 炎天の広島駅で 戦争にさせないための署名をあつめ 負けるものか まけるものかと 日本の子供たちは 靴磨きの道具をすて ほんとうのことを書いた新聞を売る 君たちよ もういい だまっているのはいい 戦争をおこそうとするおとなたちと 世界中でたたかうために そのつぶらな瞳を輝かせ その澄みとおる声で ワッ! と叫んでとび出してこい そして その 誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ ぼくたちはひろしまの ひろしまの子だ と みんなのからだへ とびついて来い!

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品の表現や構成を検討し、根拠を示しながら評価・講評する場所です。

まだ批評・講評はありません。

墓標の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

墓標に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる