峠三吉

タグを編集・提案

作品の主題・モチーフなど、対象に固有の情報を登録してください。年代・形式・表記・文学運動などの共通分類は登録できません。会員タグの追加と、正式タグの削除は、5人の支持で自動反映されます。

ログインするとタグの追加・削除を提案できます。

黒眼鏡をとると瞼がめくれこんで癒着した傷痕のあいだから にじみ出る涙があった あの収容所で、凝りついた血をしめらせ 顔いっぱいに巻いた白布を一枚宛ほどき最後のガーゼをめくると ひとつの臓腑であった両眼が、そのままのかたちで癒えてうすいしずくをしみ出し 失った妻子のことをいう指先が手巾をさぐって顫えていた 〈ここはどこ、どんなところです?〉死体置場から運ばれて来て 最初に意識をとり戻したときと同じ言葉を また口にしながら 太い青竹をとりなおし、ゲートルの脚先でしきいをさぐり そろそろと出ていった ――こうされたことも共に神に免されねばならぬ―― ――ひとり揉めば五十円になる、今に銀めしをごちそうします―― カトリックに通い、あんまを習い、すべての遍歴は年月の底に埋れて ある冬近い日暮れ 束ね髪の新しい妻に手をひかれた兵隊服の姿を電車の中から見た 〈ここはどこ、どんなところです?〉それは街の騒音の中で 自分の均衡をたしかめるように立止り 中折帽の顔だけを空の光りへ向け たえず妻に何かを訊ねかけているように見えた さらに数年、ふたたび北風の街角で向うからやってくる その姿があった それは背中を折りまげ予備隊の群をさけながら おどろくほどやつれた妻の胸にしっかりと片腕を支えられ 真直に風に向って 何かに追いつこうとするように足早に通っていった 黒眼鏡の奥、皮膚のしわからにじみ出るものは、とおく渇れつくして そのまま心の中を歩いてゆく 苦痛の痕跡であった

ログインすると、この作品に自分だけに見えるメモを残せます。

批評・感想 0

作品から読み取ったことや、自分の中に生まれた感覚をまとまった文章で残す場所です。

まだ解釈・感想はありません。

友の談話

疑問や連想、ちょっとした読み方などを気軽に話せます。

まだ投稿はありません。

話題を投稿する

友に寄せられた作品

詩から生まれた翻案・イラストや、朗読・解説などの関連リンクを持ち寄れます。

まだ投稿はありません。

この詩に作品を寄せる