薔薇連祷
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僞善の花よ、
無言の花よ。
銅色の薔薇の花、人間の歡よりもなほ頼み難い銅色の薔薇の花、おまへの僞多い匂を移しておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。
うかれ女のやうに化粧した薔薇の花、遊女の心を有つた薔薇の花、綺麗に顏を塗つた薔薇の花、情深さうな容子をしておみせ、僞善の花よ、無言の花よ。
あどけ無い頬の薔薇の花、末は變心をしさうな少女、あどけ無い頬に無邪氣な紅い色をみせた薔薇の花、ぱつちりした眼の罠をお張り、僞善の花よ、無言の花よ。
眼の黒い薔薇の花、おまへの死の鏡のやうな眼の黒い薔薇の花、不思議といふ事を思はせておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。
純金色の薔薇の花、理想の寶函ともいふべき純金色の薔薇の花、おまへのお腹の鑰をおくれ、僞善の花よ、無言の花よ。
銀色の薔薇の花、人間の夢の香爐にも譬ふべき薔薇の花、吾等の心臟を取つて煙にしてお了ひ、僞善の花よ、無言の花よ。
女同志の愛を思はせる眼付の薔薇の花よ、百合の花よりも白くて、女同志の愛を思はせる眼付の薔薇の花、處女に見せかけてゐるおまへの匂をおくれ、僞善の花よ、無言の花よ。
茜さす額の薔薇の花、蔑まれた女の憤怒、茜さす額の薔薇の花、おまへの驕慢の祕密をお話し、僞善の花よ、無言の花よ。
黄ばんだ象牙の額の薔薇の花、自分で自分を愛してゐる黄ばんだ象牙の額の薔薇の花、處女の夜の祕密をお話し、僞善の花よ、無言の花よ。
血汐の色の唇の薔薇の花、肉を食ふ血汐の色の唇の薔薇の花、おまへに血を所望されたら、はて何としよう、さあ、お飮み、僞善の花よ、無言の花よ。
硫黄の色の薔薇の花、煩惱の地獄ともいふべき硫黄の色の薔薇の花、魂となり焔となり、おまへが上に舞つてゐるその薪に火をおつけ、僞善の花よ、無言の花よ。
桃の實の色の薔薇の花、紅粉の粧でつるつるした果物のやうな、桃の實の色の薔薇の花、いかにも狡さうな薔薇の花、吾等の齒に毒をお塗り、僞善の花よ、無言の花よ。
肉色の薔薇の花、慈悲の女神のやうに肉色の薔薇の花、若々してゐて味の無いおまへの肌の悲みに、この口を觸らせておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。
葡萄のやうな薔薇の花、窖と酒室の花である葡萄のやうな薔薇の花、狂氣の亞爾箇保兒がおまへの息に跳ねてゐる、愛の狂亂を吹つかけておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。
菫色の薔薇の花、曲けた小娘の淑やかさが見える黄色の薔薇の花、おまへの眼は他よりも大きい、僞善の花よ、無言の花よ。
淡紅色の薔薇の花、亂心地の少女にみたてる淡紅色の薔薇の花、綿紗の袍とも、天の使ともみえる拵へもののその翼を廣げてごらん、僞善の花よ、無言の花よ。
紙細工の薔薇の花、この世にあるまじき美を巧にも作り上げた紙細工の薔薇の花、もしや本當の花でないかえ、僞善の花よ、無言の花よ。
曙色の薔薇の花、「時」の色「無」の色を浮べて、獅身女面獸の微笑を思はせる暗色の薔薇の花、虚無に向つて開いた笑顏、その嘘つきの所が今に好きになりさうだ、僞善の花よ、無言の花よ。
紫陽花色の薔薇の花、品の良い、心の平凡な樂ともいふべく、新基督教風の薔薇の花、紫陽花色の薔薇の花、おまへを見るとイエスさまも厭になる、僞善の花よ、無言の花よ。
佛桑花色の薔薇の花、優しくも色の褪めたところが返咲の女の不思議な愛のやうな佛桑花色の薔薇の花、おまへの刺には斑があつて、おまへの爪は隱れてゐる、その天鵞絨の足先よ、僞善の花よ、無言の花よ。
亞麻色の薔薇の花、華車な撫肩にひつかけた格魯謨色の輕い塵除のやうな亞麻色の牡よりも強い牝と見える、僞善の花よ、無言の花よ。
香橙色の薔薇の花、物語に傳はつた威尼知亞女、姫御前よ、妃よ、香橙色の薔薇の花、おまへの葉陰の綾絹に、虎の顎が眠てゐるやうだ、僞善の花よ、無言の花よ。
杏色の薔薇の花、おまへの愛はのろい火で温まる杏色の薔薇の花よ、菓子をとろとろ煮てゐる火皿がおまへの心だ、僞善の花よ、無言の花よ。
盃形の薔薇の花、口をつけて飮みにかかると、齒の根が浮出す盃形の薔薇の花、噛まれて莞爾、吸はれて泣きだす、僞善の花よ、無言の花よ。
眞白な薔薇の花、乳色で、無邪氣で眞白な薔薇の花、あまりの潔白には人も驚く、僞善の花よ、無言の花よ。
藁色の薔薇の花、稜鏡の生硬な色にたち雜つた黄ばんだ金剛石のやうに藁色の薔薇の花、扇のかげで心と心とをひしと合せて、芒の匂をかいでゐる僞善の花よ、無言の花よ。
麥色の薔薇の花、括の弛んだ重い小束の麥色の薔薇の花、柔くなりさうでもあり、硬くもなりたさうである、僞善の花よ、無言の花よ。
藤色の薔薇の花、決着の惡い藤色の薔薇の花、波にあたつて枯れ凋んだが、その酸化した肌をばなるたけ高く賣らうとしてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。
深紅の色の薔薇の花、秋の夕日の豪奢やかさを思はせる深紅の色の薔薇の花、まだ世心のつかないのに欲を貪る者の爲添伏をして身を任す貴い供物、僞善の花よ、無言の花よ。
大理石色の薔薇の花、紅く、また淡紅に熟して今にも溶けさうな大理石色の薔薇の花、おまへは極内證で花瓣の裏をみせてくれる、僞善の花よ、無言の花よ。
唐金色の薔薇の花、天日に乾いた捏粉、唐金色の薔薇の花、どんなに利れる投槍も、おまへの肌に當つては齒も鈍る、僞善の花よ、無言の花よ。
焔の色の薔薇の花、強情な肉を溶かす特製の坩堝、焔の色の薔薇の花、老耄した黨員の用心、僞善の花よ、無言の花よ。
肉色の薔薇の花、さも丈夫らしい、間の拔けた薔薇の花、肉色の薔薇の花、おまへは、わたしたちに紅い弱い葡萄酒を注けて誘惑する、僞善の花よ、無言の花よ。
玉蟲染の天鵞絨のやうな薔薇の花、紅と黄の品格があつて、人の長たる雅致がある玉蟲染の天鵞絨のやうな薔薇の花、成上の姫たちが着る胴着、似而非道徳家もはおりさうな衣服、僞善の花よ、無言の花よ。
櫻綾子のやうな薔薇の花、勝ち誇つた唇の結構な氣の廣さ、櫻綾子のやうな薔薇の花、光り輝くおまへの口は、わたしどもの肌の上、その迷景の赤い封印を押してくれる、僞善の花よ、無言の花よ。
乙女心の薔薇の花、ああ、まだ口もきかれぬぼんやりした薄紅い生娘、乙女心の薔薇の花、まだおまへには話がなからう、僞善の花よ、無言の花よ。
苺の色の薔薇の花、可笑しな罪の恥と赤面、苺の色の薔薇の花、おまへの上衣を、ひとが揉みくちやにした、僞善の花よ、無言の花よ。
夕暮色の薔薇の花、愁に半死んでゐる、噫たそがれ刻の霧、夕暮色の薔薇の花、ぐつたりした手に接吻しながら、おまへは戀死でもしさうだ、僞善の花よ、無言の花よ。
水色の薔薇の花、虹色の薔薇の花、怪獸の眼に浮ぶあやしい色、水色の薔薇の花、おまへの瞼を少しおあげ、怪獸よ、おまへは面と向つて、ぢつと眼と眼と合せるのが恐いのか、僞善の花よ、無言の花よ。
草色の薔薇の花、海の色の薔薇の花、ああ海のあやしい妖女の臍、草色の薔薇の花、波に漂ふ不思議な珠玉、指が一寸觸ると、おまへは唯の水になつてしまふ、僞善の花よ、無言の花よ。
紅玉のやうな薔薇の花、顏の黒ずんだ額に咲く薔薇の花、紅玉のやうな薔薇の花、おまへは帶の締緒の玉にすぎない、僞善の花よ、無言の花よ。
朱の色の薔薇の花、羊守る娘が、戀に惱んで畠に眠てゐる姿、羊牧はゆきずりに匂を吸ふ、山羊はおまへに觸つてゆく、僞善の花よ、無言の花よ。
墓場の薔薇の花、屍體から出た若い命、墓場の薔薇の花、おまへはいかにも可愛らしい、薄紅い、さうして美しい爛壞の薫神神しく、まるで生きてゐるやうだ、僞善の花よ、無言の花よ。
褐色の薔薇の花、陰鬱な桃花心木の色、褐色の薔薇の花、免許の快樂、世智、用心、先見、おまへは、ひとの惡さうな眼つきをしてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。
雛罌粟色の薔薇の花、雛形娘の飾紐、雛罌粟色の薔薇の花、小さい人形のやうに立派なので兄弟の玩弄になつてゐる、おまへは全體愚なのか、狡いのか、僞善の花よ、無言の花よ。
赤くてまた黒い薔薇の花、いやに矜つて物隱しする薔薇の花、赤くてまた黒い薔薇の花、おまへの矜りも、赤味も、道徳が拵へる妥協の爲に白つちやけて了つた、僞善の花よ、無言の花よ。
鈴蘭のやうな薔薇の花、アカデエモスの庭に咲く夾竹桃に絡んだ旋花、極樂の園にも亂れ咲くだらう、噫、鈴蘭のやうな薔薇の花、おまへは香も色もなく、洒落た心意氣も無い、年端もゆかぬ花だ、僞善の花よ、無言の花よ。
罌粟色の薔薇の花、藥局の花、あやしい媚藥を呑んだ時の夢心地、贋の方士が被る頭巾のやうな薄紅い花、罌粟色の薔薇の花、馬鹿者どもの手がおまへの下衣の襞に觸つて顫へることもある、僞善の花よ、無言の花よ。
瓦色の薔薇の花、煙のやうな道徳の鼠繪具、瓦色の薔薇の花、おまへは寂しさうな古びた床机に這ひあがつて、咲き亂れてゐる、夕方の薔薇の花、僞善の花よ、無言の花よ。
牡丹色の薔薇の花、仰山に植木のある花園の愼ましやかな誇、牡丹色の薔薇の花、風がおまへの瓣を飜るのは、ほんの偶然であるのだが、それでもおまへは不滿でないらしい、僞善の花よ、無言の花よ。
雪のやうな薔薇の花、雪の色、白鳥の羽の色、雪のやうな薔薇の花、おまへは雪の脆いことを知つてゐるから、よほど立派な者のほかには、その白鳥の羽を開いてみせない、僞善の花よ、無言の花よ。
玻璃色の薔薇の花、草間に迸る岩清水の色、玻璃色の薔薇の花、おまへの眼を愛したばかりで、ヒュラスは死んだ、僞善の花よ、無言の花よ。
黄玉色の薔薇の花、忘れられてゆく傳説の姫君、黄玉色の薔薇の花、おまへの城塞は旅館となり、おまへの本丸は滅んでゆく、おまへの白い手は曖昧な手振をする、僞善の花よ、無言の花よ。
紅玉色の薔薇の花、轎で練つてゆく印度の姫君、紅玉色の薔薇の花、けだしアケディセリルの妹君であらう、噫衰殘の妹君よ、その血僅に皮に流れてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。
莧のやうに紫ばんだ薔薇の花、賢明はフロンド黨の姫君の如く、優雅はプレシウズ連の女王とも謂つべき莧のやうに紫ばんだ薔薇の花、美しい歌を好む姫君、姫が寢室の帷の上に、即興の戀歌を、ひとが置いてゆく、僞善の花よ、無言の花よ。
蛋白石色の薔薇の花、後宮の香烟につつまれて眠む土耳古の皇后、蛋白石色の薔薇の花、絶間無い撫さすりの疲、おまへの心はしたたかに滿足した惡徳の深い安心を知つてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。
紫水晶色の薔薇の花、曉方の星、司教のやうな優しさ、紫水晶色の薔薇の花、信心深い柔かな胸の上におまへは寢てゐる、おまへは瑪利亞樣に捧げた寶石だ、噫寶藏の珠玉、僞善の花よ、無言の花よ。
君牧師の衣の色、濃紅色の薔薇の花、羅馬公教會の血の色の薔薇の花、濃紅色の薔薇の花、おまへは愛人の大きな眼を思ひださせる、おまへを襪紐の結目に差すものは一人ばかりではあるまい、僞善の花よ、無言の花よ。
羅馬法皇のやうな薔薇の花、世界を祝福する御手から播き散らし給ふ薔薇の花、羅馬法皇のやうな薔薇の花、その金色の心は銅づくり、その空なる輪の上に、露と結ぶ涙は基督の御歎き、僞善の花よ、無言の花よ、僞善の花よ、無言の花よ。
僞善の花よ。
無言の花よ。
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