むかしの花
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どんなに立派な心よりも、おまへたちの方がわたしは好だ、滅んだ心よ、むかしの心よ。
長壽花、金髮のをとめ、幾人もの清い睫はこれで出來る。
東洋の水仙花、實のならぬ花、道で無い花。
黄金色の金盞花、男の夢に通つてこれと契る魑魅のもの凄い艶やかさ、これはまた惑星にもみえる、或は悲しい「夢」の愁の髮に燃える火。
長壽花、水仙花、金盞花、どんなに明るい色の髮の毛よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ、滅んだ花よ、むかしの花よ。
白百合、處女で死んだ者の、さまよふ魂。
紅百合、身の潔白を失して赤面した花、世心づいた花。
鳶尾草の花、清淨無垢の腕の上に透いて見える脈管の薄い水色、肌身の微笑、新しい大空の清らかさ、朝空のふと映つた細流。
白百合、紅百合、鳶尾草の花、信頼心の足りない若いものたちよりも、おまへたちの方がわたしは好だ、滅んだ花よ、むかしの花よ。
花薄荷、燃えたつ草叢、火焔の臠、火蛇のやうなこの花の魂は黒い涙となつて鈍染んでゐる。
双鸞菊、毒の兜を戴き、鳥の羽根の飾を揷した女軍の勇者。
風鈴草、色つぽい音の鈴、春ここにちりりんと鳴る、榛の樹が作る筋違骨の下に蹲る色よい少女。
花薄荷、双鸞菊、風鈴草、毒の薄い、浮れやうの足りないほかの花よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
牡丹、愛嬌たつぷりの花娘、尤も品は無い、味もない。
匂阿羅世伊止宇、眼に萎えた愁のあるむすめ。
苧環、成人びてゐないのが身上の女學生、短い袴、纖い脚、燕の羽根のやうに動く腕。
牡丹、匂阿羅世伊止宇、苧環の花、女ざかりの姿よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
水剪紅羅、すこし不格好だが、白鳥の頸のやうにむくむくした毧毛がある。
龍膽、太陽の忠やかな戀人。
赤熊百合、王の御座所の天幕の屋根飾、夢を鏤めた笏、埃及王の窮屈な禮服を無理に被せられた古風な女王。
水剪紅羅、龍膽、赤熊百合、本物の女性美よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
櫻草、はつ春の姉娘。
毛莨、貧しいうかれ女の金貨。
鈴蘭、おめかしの好な女、白い喉を見せて歩く蓮葉者の故意とらしいあどけなさ、丸裸の罔象女。
櫻草、毛莨、鈴蘭、愼の足りない接吻よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
茴香、愛の女神の青雲の髮。
野罌粟、戀人に噛まれて血を鈍染ました唇。
黄蜀葵、土耳古皇帝鍾愛の花、麻色に曇つた眼、肌理こまかな婀娜もの――おまへの胸から好い香がする、潔白の氣は露ほどもない香がする。
茴香、野罌粟、黄蜀葵、色々と物言ひかけるよその小花よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
山百合のマルタゴン、何百となく頭を上げて、強い薫を放つ怪物、淺藍色の多頭の大蛇。
山百合のマルタゴン、葡萄色の頭巾を被つてゐる。
山百合のマルタゴン、黄いろい眼をしたマルタゴン、東羅馬の百合の花、澆季皇帝の愛玩、聖像の香。
マルタゴン、鈴なり花のマルタゴン、名指してもいいが、ほかの怪物よりもおまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
猿猴草、さも毒がありさうな白い花。
翁草、吟味して雅びた物言ばかりなさるマダアム・プレシウズ。
オンファロオド、人を蕩す明色の眼をした臍形の花、影を無言に映して見せる奧深い鏡。
猿猴草、翁草、オンファロオド、粉粧が足りない尋常の化生のものよりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
瑠璃草、アンゴラの生れか、手ざはりの快い、柔かい女猫。
紫羅欄花、帽子の帶の縁にさした人柄な前立。
罌粟の花、愛の疲の眠、片田舍の廢園。蓬生の中に、ぐつすり眠るまろ寢姿――靴の音にも眼が醒めぬ。
瑠璃草、紫羅欄花、罌粟の花、どんなに嫖緻の好い子よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
矢車草、まるで火の車。
思草、わたしはおまへを思ひだす――めんとおまへを見るときに。
白粉花、夜中に表を叩くから、雨戸を明けてふと見れば、墓場の上の狐火か、暗闇のなかにおまへの眼が光る。噫、おしろい、おしろい、汚れた夜の白粉花。
矢車草、思草、白粉花、生の眞の美人よりもおまへの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
雛菊、指で隱したおまへのその眼のしをらしさ。
釣舟草、不謹愼の女である、秋波をする、科をする。
莧の花、男なんぞは物ともしない女の帽子の羽根、口元も腰元も溶けるやうだ、おまへの蜜の湖に若い男が溺れ死ぬ。
雛菊、釣舟草、莧の花、もつと眞劍の迷はしよりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
忍冬、うかれて歩く女。
素馨、ゆきずりに袖ふれる女。
濱萵苣、すました女、おまへには道義の匂がする、秤にかけた接吻の智慧もある、樫の箪笥に下着が十二枚、乙な容子の濱萵苣、しかも優しい濱萵苣。
忍冬、素馨、濱萵苣、迷はしの足りないほかの花よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
蛇苺、蘭引で拵へあげた女。
芍藥、腕套に包んだ手で、頻に皮肉を播いてゐる。
雪の下、堅い心も突きとほす執念深い愛、石に立つ矢、どんなに暗い鐵柵の網の中へも入る微笑。
蛇苺、芍藥、雪の下、もつと穩しい隱立よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
ブラテエルといふ花は、所帶染みた世話女房。
モレエヌはラブレエのやうに笑ひのめす花。
水蓼は無情の美人、燒木だ、蘆の篝だ、眼にばかり心が出てゐて、胸は空。
ブラテエル、モレエヌ、水蓼、もつと媚めかしい姿よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
亞米利加の薄荷の花、愛の衰にふりかける胡椒。
鐵線蓮、人の魂に絡む蛇。
留紅草、樽形の花、その底にダナウスの娘たちが落ちてゐさうな花、人間の弱い心臟の血を皆關はずに吸いこむため、おまへの唇には痍がある。
亞米利加の薄荷、鐵線蓮、留紅草、もつと優しい鳩のやうな肉よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
「十一時の女」といふ花は白い日傘ですらりと立つてゐる。
芥菜の花、おまへの優しい心はみんな歌になつて、なくなつて了ふ。
木犀、可愛い從姉妹の匂、子供の戀、眞味を飾る微笑。
「十一時の女」、芥菜、木犀の花、僞のもつと少ない手足よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
「聖母の手套」即ち實※答利斯の花、信心の諸人みなこれに接吻する。
刺罌粟、すきな手の甲の靨。
母子草、すいた人の指にはめた脆い蛋白花、寢室でもつて、月を映してみるつもりか。
「聖母の手套」、刺罌粟、母子草、どんなに眞白な手よりも、おまへたちの方が、わたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
杜若、悲しい松明の強い焔。
菖蒲、女丈夫の血に染まつた凄い短刀。
伊吹虎尾、振りかざす手の怒、空になつた心臟にしがみつく蝮、自害した人。
杜若、菖蒲、伊吹虎尾、どんなに恐しい娘よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
犬芥、苦痛にほほゑむ尼僧、隱れたる殉教者の光。
「約百の涙」といふ川穀、蒼ざめた瞼の下の涙、暗い頬の上の悲しい眞珠。
紫苑、基督の御最後のおん眼を象るせつない花。
犬芥、「約百の涙」、紫苑、どんなに血の滴れる心よりも、おまへたちの方がわたしは好だ。滅んだ花よ、むかしの花よ。
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