病院

上田敏

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病院。運河の岸の病院。 夏七月の病院。 廣間には爐を焚きたり。 時しもあれや、運河の上、大西洋定期船の汽笛の聲。 (ああ窓に近づく勿れ。) 移民宮殿を通拔す。 暴風雨の中に遊船一艘、 また他の船は悉く羊群を載せたり。 (窓はかたく閉ぢたるこそよけれ。 人々外より殆んど全く覆はれたり。) 雪の上なる温室の心地す。 暴風雨の日、産後の初詣ある如し。 夜具の上に草木の散りぼふが見えて、 日うららかなるに出火あり。 われ、負傷者に充ちたる森を通過す。 ああ今終に月はのぼりぬ。 廣間の中央よりは噴水迸り、 一群の少女ら、戸を細目に開く。 牧の島には羊の群、 氷河の上に美々しき木立、 大理石造の玄關に百合の花。 人の通はぬ森の奧に祭あり。 氷の淵に東邦の本草は茂りたり。 聞け、今水門は開かる。 大西洋定期船は運河の水を搖り亂る。 ああ、されど看護の尼は爐を掻いたり。 河添の道のかたへの蘆の葉は、緑凉しく燃えさかる。 月の光に漂ふは手負載せたる船一艘、 王女は皆暴風雨の下の船に乘り、 あまたの姫は失鳩答の原に死したり。 ああ、この窓はゆめな開きそ。 開け、水天の際、大西洋定期船の汽笛の聲。 花苑に何者か毒害せらる。 敵がたに盛なる祭のけはひす。 包圍せられたる市街に鹿が放たれ、 花百合のなかに獸の檻は見ゆ。 炭鑛の底深く熱帶の植物茂り、 牝羊の一群、鐵橋を過ぎ、 牡の羊は悲しげに廣間をさして入り來りぬ。 看護の尼、いま燈を點じて 患者の食を運びつつ、 運河にのぞむ窓の戸を、 すべての門の戸を閉ぢて、月の光を隱したり。

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